「俳句文法」入門 (55)
─── 他動詞「横たふ」について ─── 大林明彦
〈荒海や佐渡に横たふ天の河〉の句を知ったのは小学六年の時だ。教科書に載っていた。ロマンチックな美しい句だ。佐渡の夜空には驚くほど星が多い。落ちて来そうに煌めいている。銀河なぞは見慣れていて普段は意識もしない。13歳から東京の腐った様な空を見てつくづく佐渡の夜空は凄いと思った。「横たふ」は横たわるの訳で可だろう。ヨコタウ、ヨコトウと転音するが元々の発音のヨコタフもいい。「ふ」は動詞を作る接尾語。「たゆたふ」など。「この横たふは横たはるでなければならない。しかしこれはこの頃の破格の用法」とは今泉忠義・守随憲治両氏の見解(旺文社の古語辞典の旧版)。私はこの説を支持する。然るに今は横たふをハ行四段活用とする辞書が増えている。小学館の「大国語辞典」や岩波の「広辞苑」もそうだ。「ベネッセ古語辞典」のみやや慎重で信用できる。横たふは本来他動詞。自動詞では未然形が成立しない。横たはず、横たはむとは言わない。事例もない筈。横たふを自動詞に使用したのは宗祇。芭蕉がそれを真似した。蕪村も使っている。わが恩師塩田良平先生は仰った。「詩人は文法を超越する」と。その例の類か。
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