自由時間 (64) ウィーン美術史美術館(中欧紀行⑤) 山﨑赤秋
宮殿や庭園、美術館、博物館、歌劇場、国会議事堂などが並ぶウィーンの中心部に、ひときわ威容を放つ双子のような建物がある。ウィーン美術史美術館とウィーン自然史博物館である。(日本語では美術館、博物館と使い分けているが、韓国語を除く他の言語ではどちらもひとつの語彙で表わし、特に区別はしない。英語では美術館も博物館もmuseum という。ドイツ語でも同じくMuseum という。日本語の方がきめが細かいのかしら。外国の○○○ミュージアムを日本語にするときに、一体どういう基準で美術館と博物館を訳し分けているのかいつもちょっと不思議に思う)
ウィーン美術史美術館とウィーン自然史博物館は、マリア・テレジア広場を挟んで、鏡に面しているかのように向かい合って建っている。外観を見ただけではどちらがどちらかよくわからない。入ってみて初めて、恐竜がいるからこちらは自然史博物館、絵や彫刻があるからこちらは美術史美術館だ、とわかるほど。
両館の間にあるマリア・テレジア広場には、マリア・テレジアの高さ20㍍の巨大かつ豪華な記念碑があるのでそれを基準にしてみるのがいいかもしれない。
座高6㍍の座像が記念碑の上にあるが、その左手にあるのが自然史博物館、右手にあるのが美術史美術館である。それにしても大きな記念碑だ。1740年から1780年に63歳で死ぬまでの40年間にわたってオーストリア=ハプスブルク家に君臨した女傑で、今も「国母」として慕われているから当然か。フランス革命で断頭台の露と消えたマリー・アントワネットは、彼女の娘である。
さて、美術史美術館。世界の三大美術館には残念ながら入らないが、十大に広げると確実に入る美術館である。因みに十大美術館に数えられるのは、ルーヴル美術館、メトロポリタン美術館、エルミタージュ美術館、オルセー美術館、ロンドン・ナショナル・ギャラリー、プラド美術館、ウフィツィ美術館、ワシントン・ナショナル・ギャラリー、ヴァチカン美術館、そしてウィーン美術史美術館である。
コレクションの起源は、ハプスブルク家の基礎をきづいた神聖ローマ帝国皇帝マクシミリアン一世(1459~1519)にまで遡る。その後、代々の当主により、その広大な領土、今でいえばオーストリア、ドイツ、スペイン、イタリア、ベルギー、オランダから優れた美術品が集められた。そのコレクションを一カ所に集めて公開するための美術館が開館したのは1891年のことである。館内に足を踏み入れるとその豪華さに圧倒される。白黒大理石のモザイクの床、赤や黒の大理石の柱、美しいクーポラ(円天井)、装飾きらびやかな階段ホール。
展示は五つの部門に分けられている。①エジプト・オリエントの美術、②古代ギリシャ・ローマの美術、③絵画、④美術工芸品、⑤コインである。中で最も見応えのあるのは絵画部門である。有名な絵が並んでいる。それ1枚を中心にして展覧会を企画することができそうな傑作が何枚もある。
デューラー「聖三位一体」
ラファエロ「草原の聖母」
ティツィアーノ「ヴィオランテの肖像」
ティントレット「スザンナの水浴」
アルチンボルド「夏」「冬」「水」「火」
カラヴァッジョ「ゴリアテの首をもつダビデ」
カラヴァッジョ「ロザリオの聖母」
カラヴァッジョ「荊冠のキリスト」
ルーベンス「毛皮をまとった妻」
ルーベンス「ヴィーナスの饗宴」
ルーベンス「聖イグナティウス・デ・ロヨラの奇蹟」
フェルメール「絵画芸術」
クラナッハ「アダムとイヴ」
ヴァン・ダイク「シムソンの監禁」
ヤン・ブリューゲル「青い花瓶の中の花束」
画家の名前と題名だけではどんな絵かイメージできないかもしれないが、おそらく写真などで一度は目にしたことがある傑作ばかりだ。
上の列に加えていないとっておきの2人がいる。ベラスケスとピーテル・ブリューゲルである。
先ずベラスケス。彼の絵が8枚ある。すべてスペイン王室の面々の肖像画だが、中でも素晴らしいのがマルガリータ王女の肖像画。バラ色のドレスの2歳の王女、白いドレスの5歳の王女、青いドレスの8歳の王女。この3枚を観るだけでもなぜ彼が「画家の中の画家」(とマネが呼んだ)と呼ばれるのかわかる。
最後にピーテル・ブリューゲル。現存する油彩画は50枚に満たないが、当美術館には13枚もある。当館の至宝だ。それが一部屋に展示されている。その部屋に足を踏み入れただけで、嬉しくなって思わず笑みがこぼれる。ほとんどの絵が農民の生活を題材にしている。見る目が温かい。「雪中の狩人」「農家の婚礼」「子供の遊戯」などが傑作中の傑作だが、絵の中に見るべきものが多くて飽かずに楽しむことができる。そして、不思議な名作「バベルの塔」(昨年、東京都美術館に来たのは後に描いた小ぶりの作品でこれとは異なる)。これもそうだが、どの絵も細部を決して疎かにせず丁寧に描き込んでいるのが神技のようだ。神は細部に宿り給う。
絵に堪能したら、同じフロアにあるカフェで興奮を冷まし疲れをとろう。世界で最も美しいカフェという評判だ。まこと優雅で豪奢。
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