自由時間 (90) コンピュータの父―アラン・チューリング 山﨑赤秋
世界には数多くの博物館、美術館があるが、新型コロナウイルスのパンデミックのせいで、休館を余儀なくされたり、来館者の激減により運営難に陥ったりしているところが少なくない。
ロンドンから北西へ80㌔のところに、ブレッチリー・パークと呼ばれる広大な敷地を持つ邸宅がある。第二次世界大戦中、ここに政府暗号解読学校が置かれていた。現在はその活動を顕彰し、そこで使われていた機器類を展示する博物館になっている。ナチスの暗号を解読するのに役立った元祖コンピュータも復元されて展示されている。
そのブレッチリ―・パークも危機に瀕している。収入が95%も減少し、従業員を解雇せざるを得ないような状況。それを聞いて、ある国会議員が立ち上がった。
IT産業の巨人たち、GAFA(Google, Amazon, Facebook, Apple)とMicrosoft に寄付をお願いしたのである。世界中でコンピュータを使って阿漕に金儲けをしている巨人たちに、コンピュータ発祥の聖地である博物館の維持保存に協力していただけませんか、と手紙を出したのである。
それが功を奏して、Facebook が100万㍀(1・4億円)を寄付してくれることになった。(他の四社からはまだ何もない)さらに、英国政府から、新型コロナウイルスのパンデミックにより運営難に陥っている、文化・芸術・スポーツ団体へ支援金が給付されることになり、ブレッチリ―・パークも45万㍀(6000万円)を受け取ることができるようになった。これで存続できそうだ。
第二次世界大戦中に、ここに置かれていた政府暗号解読学校は、ドイツ、イタリア、日本などの暗号を解読するために設けられたものだが、最大の功績は、ナチス・ドイツの解読不能とされていた暗号「エニグマ」を解読したことである。解読したのは天才数学者アラン・チューリングである。
彼は、1912年英国生まれ。幼少の頃より天才ぶりを発揮し、ケンブリッジ大学のキングズ・カレッジ(数学科)を首席で卒業、同カレッジの特別研究員となる。24歳でチューリング・マシンと呼ばれる現在のコンピュータの原型となる理論を発表し、コンピュータの可能性を史上初めて世に示した。
第二次世界大戦中は、エニグマ解読チームを率い、ついに成功するが、そのために元祖コンピュータともいうべき電子計算機を作っている。ナチスの暗号解読成功により、戦争は2年早く終わり、1400万人以上の人命を救った、という評価もある。
戦後は、国立物理学研究所および王立協会計算機研究所で、コンピュータの設計やソフトウェアの開発を行う。また、人工知能(AI)の研究も行い、チューリング・テストという、その機械が「人間的」かどうかを判定するためのテストを提案している。(話が難しくなるのでここでやめておく)そのほかにも、数理生物学の研究でも優れた業績を残している。自然界にみられる不思議な模様の多くに「共通のテンプレートがある」という説を提唱した。花の模様などを数理モデルで説明しようとしたものである。
1952年1月のこと。チューリングはマンチェスターの繁華街で知り合った青年(19)を自宅に誘い、一夜を共にする関係となる。それからしばらくして、チューリングの家に強盗が入った。その強盗は青年の知り合いだった。警察の捜査中に、同性愛のことが明らかになり、2人は逮捕された。当時、同性愛は「ひどい猥褻罪」という刑法犯であった。(オスカー・ワイルドはこの法律で有罪となり懲役2年となった)
裁判の結果、チューリングは有罪となり、刑務所に入るか条件付き保護観察かのどちらかを選ぶこととなった。条件とは、性欲を抑えると考えられていた女性ホルモン注射を受け入れることである。
保護観察を選んだ。この女性化は1年間続けられた。チューリングを無力にし、その胸を膨らませた。
1954年6月8日、チューリングが自宅で死んでいるのを家政婦が発見した。もう少しで42歳になるところだった。青酸中毒死で、ベッドの脇には齧りかけのリンゴが落ちていた。ディズニー映画の『白雪姫』を一緒に観た同僚が、「魔法の秘薬にリンゴを浸けよう、永遠なる眠りがしみこむように」と彼が言っていたのを耳にしている。
イングランドとウェールズで、21歳以上の男性同士の同性愛行為が合法化されたのは、1967年のことである。
戦後ずーっと機密扱いになっていた戦時中の暗号解読活動のことが明らかになったのは、1970年代半ばのことである。
こうした変化を受けて、アラン・チューリングは正当に評価され、正当な扱いを受けるようになる。
ゆかりの地や建物に、銅像や記念碑が設置され、プレートが掲げられ、通りや橋に彼の名前が付けられた。
2009年、ブラウン首相は政府として正式な謝罪を表明した。
2013年、女王の名をもって正式に恩赦が発効した。キャメロン首相は、彼の業績をたたえる声明を発表した。
来年から流通する新50㍀紙幣にアラン・チューリングが採用されることになった。
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