自由時間 (91)       ジョン・レノンと日本        山﨑赤秋

   12月8日。
 1941年のこの日、日本軍がハワイ・オアフ島・真珠湾の米軍基地を奇襲攻撃し、3年6ヶ月に及ぶ太平洋戦争を無謀にも始めてしまった。
 1980年のこの日、夜10時50分ごろ、ニューヨークのセントラルパークに面した超高級アパート=ダコタ・ハウスの入り口で、帰宅した元ビートルズのジョン・レノンが、ピストルで撃たれた。犯人はハワイからやってきた25歳の白人青年で、ビートルズのファンであるが、ジョンの言動や神を冒涜するような歌が気に入らなかったようだ。
 5発の銃弾が立て続けに放たれた。そのうち4発がジョンの背中に当たった。3発は貫通し、1発は肩の骨を砕いて止まった。つまり銃創は7ヶ所で、それぞれからおびただしい血が流れ出ていた。
 救急車の来るのを待っていられないと、パトカーに乗せて病院へと急いだ。数分で病院に着いたが、その時にはもう脈がほとんど触れていなかった。7人の外科医が待ち構えていてあれこれと手を尽くしたが、どうしようもなかった。15分後に死亡が宣告された。出血多量によるショック死。

 この時ジョンは40歳。そして今年は没後40年。つまり、2020年は、ジョン・レノン生誕80年、没後40年のダブル・アニヴァーサリーということになる。もし生きていれば、今頃は軽井沢で悠々自適の生活を送っていたかもしれない。現役をリタイアしたら軽井沢に来たいと言っていたそうだから。
 ジョンは、オノ・ヨーコと出会う前から日本に関心があった。美術学校の学生だったとき、東洋美術を専攻している友だちから日本の話を聞いて、日本に淡いあこがれを抱いていたそうだ。
 ビートルズの一員として初めて日本を訪れたのは1966年のことだ。この時はホテルにいわば軟禁状態になり外出はできなかった。ジョンは、「せっかくあこがれの日本に来たのにどこにも行けない。京都や奈良、寺院や博物館にも行きたいのにここから出られない」と悔しがった。古美術商をホテルに呼んで買い物をすることで満足するしかなかった。(ひそかに抜け出して青山の骨董通りには行っている)
 ジョンがオノ・ヨーコに出会ったのはこの年の11月のことである。ジョン26歳、ヨーコ33歳。2人はたちまち恋に落ちた。3年後に結婚。そして1970年にビートルズ解散。
 翌71年1月、ジョンとヨーコはリヴァプールから船で横浜にやってきた。このときは10日前後の滞在であったが、東京、京都、鎌倉を訪れている。
 東京では面白いことがあった。2人が湯島の古美術店に行ったときのこと。店主が、どうせ春画でも買いに来たんだろうと煩わしげに案内して回ると、普通の客とは何か様子が違う。目の付け所が違う。白隠や仙厓の禅画や曽我蕭白の絵を気に入ってどんどん買っていく。そして、芭蕉の「古池や蛙飛び込む水の音」の短冊を見ると目の色が変わった。「いくら?」「200万円」「OK」他にもないかというから、一茶や良寛の短冊を出してくると、見るものことごとくOKと言って買っていく。
 芭蕉の短冊は買ってすぐ宝物でも見つけたかのように抱きかかえていたそうだ。よほど嬉しかったのだろう。そのころ、俳句にのめり込んでいて、旅行中も俳句の本(英文)を読んでいた。そして、店主に次のように言ったそうだ。「私がこれを買って海外に持っていくことを、どうか嘆かないでくれ。私はこの芭蕉の句のために、ロンドンに帰ったら日本の家を建て、日本の茶席をつくり、日本の庭をつくり、日本の茶を飲み、そして床の間にこの軸を掛けて、日本人の心になってこの芭蕉を朝・夕見て楽しむから、どうか同じ日本人に売ったと思って嘆かないでくれ」(その後、中村外二棟梁によってジョン・レノン邸に日本間が作られた)
 2人はこの店と店主がよほど気に入ったのか3日も続けて訪れたという。そして、余った時間を使って一緒に歌舞伎見物にも行っている。華麗な舞台を見せてやろうと思ったのだが、生憎とやっていたのは『隅田川』。梅若伝説に基づく悲劇だ。演者は中村歌右衛門(6代目)と中村勘三郎(17代目)の名優2人。暗い舞台で困ったなと思ってジョンを見ると、彼の頬を涙がとめどなく流れている。台詞も清元も分からないはずなのに名優の演技に打たれて感動しているのだ。名人は名人を知るということか。
 1975年10月9日、二度の流産を乗り越えて、ジョンの誕生日と同じ日に息子ショーンが生まれる。その2年後から、毎年日本に来るようになった。77年には5ヵ月、78年には3ヶ月、79年には1ヶ月、延べ9ヶ月に及ぶ。一番長く滞在したのは軽井沢(定宿は万平ホテル)で、あとは東京、京都、北海道など。一番気に入ったのは軽井沢で、前述のように老後は軽井沢で過ごすことも考えていたようだ。 
   では最後にジョンの名曲『イマジン』の一節を。
 ♪  想像して ごらん  国なんか無いって
     難しくないだろう 
   そのために殺したり死んだりしなくていいんだ
   宗教のためにだってそうさ
   想像してごらん  全人類が
   平和に生きているって