鑑賞「現代の俳句」 (126) 蟇目良雨
白鳥座の頸を射抜きて星流る藤埜まさ志[群星]
「群星」平成30 年秋号
流れ星を見るたびに人はいろいろなことを想像したことだろう。身を守るものの無かった古代の人が、現代人のように流れ星を「美しい」と感じたのか、それとも「恐ろしい」と感じたのか私たちには理解できない。記録があって初めてその時代の人の感覚が理解できる。ぼーっと見ていれば一瞬の光の軌跡だが、星座に詳しい人にとっては掲句のように白鳥座の頸を射抜いて星が流れたと表現できる。星座を友としているロマンティストならではの句だと納得。
急ぐ毛虫一本の毛も休むなく榑沼清子[群星]
「群星」平成30 年秋号
毛虫には一体何本の毛が生えているのだろうか。毛虫が先を急いでいる場面に出くわして観察すると全身毛むくじゃらの毛虫が体毛を揺らしながら進んでいる。どの一本の毛の動きも毛虫にとっては必要なものであることを宜ったことだろう。そして語り掛けたに違いない。「あなたは何故毛虫に生まれたの?」と。
三叉路に斑猫の裏返りたる戸恒東人[春月]
「春月」2018年10月号
斑猫の別名は道教え。道を行く人の少し前を跳んだり歩いたりして道案内をしているように思わせる。作者が斑猫としばらく道行を楽しんでいたら三叉路に行き当たった。斑猫がどの道を行くか見ていると道教えを諦めて裏返ってしまったというのが句意。作者の行く道がわからずに斑猫が駄々を捏ねていると見做したのが滑稽である。
三角にめくれて桃の皮薄し浅川 正[雲の峰]
「雲の峰」2018年10月号
介護を続ける毎日で欠かせないことがトマトの皮剝きだ。最低限トマトだけは食べさせようと湯煎してトマトの皮を剝いている。いっぺんにつるりと剝けるときもあれば、刃先を少し入れてから剝くときもある。掲句は桃の場合であるが桃は相当熟れてこないとつるりと皮が剝けることはない。熟れた桃に少し刃先で切り込みを入れてから剝くと三角に皮が剝けはじめる。そして桃の皮がいかに薄いかを実感する。実は桃にもトマトのように湯煎してからつるりと皮を剝く方法がある。試してください。
崩落のはじまつてゐる蟬の穴 関 成美[多磨]
「多磨」2018年10月号
蟬の穴を見て「黄泉に通じている」とか「暗黒の穴」だとか類想感のある表現をしがちだ。蟬は数年間に亙る幼虫の生活空間であった地中から地上に出ると約一か月で命を終えてしまう。蟬の一生のほとんどすべてを過ごした穴の中は蟬がいなくなれば蟬の墓標のようなものとなる。その墓標が今や崩落し始めているのを見て作者は自らの人生の終焉を重ねているとも鑑賞できる。この句を単なる写生句として読んでは誤りであることを強調したい。
砂色をひらいて軽し竹の皮檜山哲彦[りいの]
「りいの」2018年10月号
なんとも絵画的な一句。竹の皮が抜け落ちて内側の砂色を見せている。手に拾うと色に似合わず何と軽いことかと驚く作者。造化の作品にすぐに感動できるのは芸術大学に生活をする環境も与っているのかもしれぬ。ざらざらした質感が俳句の器に盛り込めた。
冷し汁遠方をようお出でたと下鉢清子[繪硝子]
「繪硝子」2018年10月号
冷し汁を宇和島料理として松山で食べたことがある。宇和島と海を挟んだ目の前にある宮崎の郷土料理とその時知ったが、山形や埼玉などにもあるという。掲句は「ようお出でた」という方言から松山での光景ではあるまいか。松山訛の親友からもてなされているとして鑑賞したが、松山の人のもてなしの一つの「もぶり飯」(松山鮓とももぶり鮓とも言う)もいいものだ。
子規が漱石をもてなした時の句
われに法あり君をもてなすもぶり鮓 子規
伊予の人はもてなすことが好きなようだ。
勾玉の熔けんばかりの炎暑かな佐々木建成[天穹]
「天穹」2018年10月号
今年の暑さを言い得ていると思った。勾玉が曲がって見えるのは炎暑で熔けだしているかのようであるというのが句意。火偏の熔がいかにも炎暑を強調しているようだ。埴輪だ勾玉だと古臭い素材を現代風に上手く処理した手柄に感心した。
寝姿の尾根をはるかに豊の秋藤田直子[秋麗]
「秋麗」2018年10月号
鶴岡の前書きがあるので寝姿の尾根は月山のことであろう。臥牛山という呼び方もあるそうだ。庄内平野の恵みは全て月山からのものといっても過言ではない。月山の南縁から流れ出したのが最上川。西縁から流れ出したのが赤川。庄内平野はこの二川によって育まれている。
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