鑑賞「現代の俳句」 (130) 蟇目良雨
エンジンを切り蘆原に舟滑る柏原眠雨[きたごち]
「きたごち」2019年1月号
大きな湖沼の蘆原に接する水辺の光景。エンジン付きの舟が水路をやって来て、目的地の蘆原の一か所にエンジンを止めて惰性を利用して近づいた。それまでの騒音が急になくなり蘆原と水路が静寂に包まれる。句意はそれだけなのであるがこれから色々な鑑賞が可能。鳰の浮巣などを見るときもこんな感じ。驚かさないように近づくために離れたところからエンジンを切って近づく。湖沼の雑魚を取る漁師もこんな具合。笯などを仕掛けた場所にこうして近づく。蘆刈りもそうかもしれない。一部を描いて全体を想像させる巧みな作り方である。同時作〈柿の秋村の稲荷に産婆の碑 眠雨〉は産めよ増やせよと号令がかかった一昔前の農村の景色だ。柿が鈴生りになるように母は子供を産み続けた。産婆の碑が建てられて当然の時代であった。
逝きし人来てをり菊の香に紛れ山崎千枝子[燎]墓碑銘は祐勝和上菊日和
「俳句四季」2019年2月号
「逝きし人来てをり」を読んでこんな人が確かにいたなと考えていると「墓碑銘」の句が出てきた。私達もお世話になった高幡不動の前貫主川澄祐勝和上のことだった。御貫主はたしかに偉ぶらないで作務に励んでおられた。そんな控えめな姿勢が「菊の香に紛れ」に親しみを込めて現れていると思った。
削ぎ落とすもの捨てに来し冬の川鈴木節子[門]
「門」2019年2月号
作者の覚悟が込められた句。冬の川に向き、あれこれのものをそぎ落として捨てるという。どんなしがらみを捨てるのだろうか。冬の川は厳しい禊をするのに相応しい設定。作者のその後の活躍を見守りたい。
八一の忌すめばいよいよ越後寒 蒲原ひろし[雪]
「雪」2019年2月号
越後といえば良寛と八一。掲句は會津八一を偲んでいる。八一は新潟市内の大きな料亭に生まれ早くから文芸に目覚め、子規と短歌を話し合ったこともあった。
早稲田で英文学を学んだが奈良を短歌で詠んで名をなした。その一つ〈おほてらの まろきはしらの つきかげを つちにふみつつ ものをこそおもへ〉(唐招提寺)。1956年11月21日に75歳で亡くなった。八一忌の後、越後の寒さが始まるという認識は共感を呼ぶだろう。八一の書も垂涎の的。
公園の落葉溜りにランドセル中川雅雪[風港]
「風港」2019年2月号
光景がぱっと目に浮かぶ。放課後に児童たちがふかふかの落葉溜りにランドセルを置いて遊んでいる。「児童たち」と複数の表現にして大勢の子供たちが歓声を上げて遊んでいる光景として鑑賞した。私たちにも思い出のある懐かしい光景と思う。
来し方の花びら餅にやや起伏藤田直子[秋麗]
「秋麗」2019年1月号
お正月になると花びら餅を時々いただくことがある。茶道にはつきもののお菓子なのでその筋の方は親しいお菓子であろう。求肥を使って作るのでその形は角の取れた穏やかな形になる。「来し方」(昔)の花びら餅にはもう少し起伏があったはずだと思い出している作者に人生の別の起伏があったようにも取れる。穏やかな現在に感謝しているであろうか。
早梅や機音絶えし路地の日に二ノ宮一雄[架け橋]
「俳句四季」2019年2月号
三多摩のかつて機業の盛んだった町を懐かしんで作られたものだろう。路地のどこからからも聞こえてきた織機の音が聞こえてきそうである。
山ひとつ踏んまへ猪の初御空檜山哲彦[りいの]
「りいの」2019年2月号
猪年(亥年)の初御空をズバリ言い切った。猪年の初御空は山を猪が踏んまへているように見えるというのである。かつて作者の師沢木欣一は羊年を〈群羊の一頭として初日受く〉と詠んだ。師弟の間に「俳句は認識の詩」の考えが継承されている。
蕗の薹の香に湿りたる新聞紙坂本宮尾[パピルス]
「パピルス」2019年春号
蕗の薹を新聞紙に包んだだけでは報告。湿っていたは少し発見。この句のように湿った原因が香によるもとと踏み込んだところに詩が生まれた。
いつか来るそのときのこと雪螢鈴木多江子[雲取]
「雲取」2019年1/2月号
雪螢のかよわげな姿態からさまざまなことを感じ取るだろうが、「いつか来るそのときのこと」に思いが至ったことに驚いた。雪螢が突然視界から消えてしまうことがある。こんな体験から掲句が生まれたのかも知れぬ。生きているものに死は突然やってくる。生きていることは死への助走なのであることをこの句からしっかりと再認識させられた。
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