鑑賞「現代の俳句」 (131) 蟇目良雨
瞑りて聞く木枯は考のこゑ根岸善雄[馬醉木]
「馬酔木」2019年2月号
しみじみとした一句。目をつぶって木枯の音を聞いているといつしか亡き父の声に聞こえてきたという内容。父や母はいくらこちらが年を取っても頼りになる存在。叱られたり褒められたりしながら育ててもらったことに感謝している場面として鑑賞した。( 考(ちち)=亡くなった父、妣(はは)=亡くなった母)
登校す温石ひとつ持たされて角野京子[雲の峰]
「雲の峰」2019年2月号
珍しい光景だ。登校するときに暖房用に温石を一つ持たされたという内容。私も雪国の地方で少年時代を過ごしたが登校のときに暖房用具を持って行った記憶が無く、また、友人にもいなかった。学校に行くと石炭ストーブがあり、弁当を温める炭火を下に格納したブリキのロッカーがあった。石炭は割当制であり上手に焚かないと途中で無くなって寒い思いをしたことなどこの句から懐かしく思い出した。
三寒に勝る四温の母郷かな池田啓三[野火]
「野火」2019年3月号
三寒四温は寒さと暖かさが交互にやってくる冬の終りの気候。もうそこに春の気配がある。母の古里を思い出すと三寒の厳しいときより四温の温みのあるころが良かったと回顧している。想像するに、作者にとってでなく、母にとって四温のほうが嬉しかったという思いが一句になったのではないか。雪国に生活した往時を思い出すと、雪雲に日が遮られて洗濯ものが屋外に干せなくて部屋のあちこちにぶら下がっていた。洗濯機も無く、乾燥機もない時代にこれが母の悩みだったと今になって思う。母郷と敢えてした理由はこれと思うがどうだろうか。
海鼠腸を啜りヘッセをなほ愛し 佐々木健成[天穹]
「天穹」2019年3月号
海鼠腸とヘッセの取り合わせに唸ってしまった。酒を飲みながらもヘッセの詩など口遊んでいたのか。海鼠腸とヘッセの距離感が遠いようで近く、諧謔もあり好きだ。
〈 あなたは深いところで よく知っているはずだ。
たった一つの魔法を たった一つの力を
たった一つの救いがあることを。
それは「愛すること」だということを。〉
空つ風中山道を転がり来飛高隆夫[万象]
「万象」2019年3月号
空っ風に乗って何かが転がって来た景色を、空っ風自体が転がって来たと表現したところに意外性がある。川止めのある東海道に比べ安定した日程を組むことが出来る中山道は別名「姫街道」と言われ、姫様の婚礼などに好んで使われた街道であると聞く。何が空っ風に乗って飛んで来たのかあれこれ想像して楽しい句だ。
天邪久一番前に着膨れて千田一路[風港]
「風港」2019年3月号
天邪久などというおどろおどろしいものが出てきてびっくりさせられるが、へそ曲がりのやんちゃな子が着膨れて一番前に座っていて家族写真を撮っている光景として見れば微笑ましさが増す。じわじわとおかしさが増してくる。〈ちり鍋や腹八分てふ目盛り褪せ 同(「俳壇」2019年2月号)〉も腹に目盛があるという遊び心が巧みである。旨すぎて腹八分の戒めを忘れてしまったのだ。
世の中の裏が見えゐて湯冷めせり関 成美[多磨]
「多磨」2019年3月号
「忖度」という言葉がこれほど軽く扱われた時代はないのではないだろうか。「知らぬ存ぜぬ」「記憶にありません」と言われても、世の中の裏はすっかりお見通しの作者にしてみれば、湯冷めした気分で平成の世を終わる空しさばかり感じるのである。
情の強(こわ)きが重たくなりし雪女郎川本 薫[多磨]
「多磨」2019年3月号
凍死するときは楽しい夢を見るという。情の強い雪女郎が圧し掛かっている夢を見ていたのだが、重く感じた刹那に目が覚めて生還した男の話と思えば雪女郎に少し実体が出てきた。
平成の御代も終りの雛飾る星野 椿[玉藻]
「俳壇」2019年3月号
4月1日に新元号の発表があり、5月1日から適用されると言われるが、平成の世もいよいよ終りになる。平成の最後に飾る雛人形も思い出深いものになるだろう。作者の母の立子さんの忌日が3月3日なので尚更思いも深いのであろう。立子さんは明治、大正、昭和の三代を生き、椿さんは昭和、平成、そして新しい御代の三代を生きる。
二月号訂正〈ブラックアウト星の近さに竦むほど 岡本敬子[万象]〉は、〈ブラックアウト星の明さに竦むほど〉の誤りでした。訂正してお詫びいたします。
(順不同・筆者住所 〒112-0001 東京都文京区白山2-1-13)
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