鑑賞「現代の俳句」 (14) 沖山志朴
米櫃に米ある暮し終戦日圷文雄〔ひたち野〕
[俳句四季 2020年3月号より]
掲句を読んで、戦中、戦後の食べ物や物のない時代に育った人であれば、きっと様々な思いが脳裏をよぎるはずである。戦後の食糧難の時代、我が家でも、五人もの子供を抱えて親は必死であった。食料が底をついてくると、母親自らは食べないで、子供たちが食べる姿を傍らでじっと見つめていた。今でもあの光景を思い起し、親の心中を察するに、思わず込み上げてくるものがある。
この原稿を書いている最中も、ロシアによるウクライナへの理不尽な侵攻が止まらない。たくさんの市民の命が奪われ、街や住む家が破壊され、多くの人が国外への脱出を余儀なくされている。改めて平和ということについて考えさせられる昨今である。
囀りのときをりしなふところあり堀本裕樹〔蒼海〕
[俳句界 2022年3月号より]
観察眼の鋭さが光る写生句である。対象をよく観察しているうえ、リズムもよく、平明にして詩情の溢れる句であると感心する。
枝移りしながら囀る鳥ではなく、木の頂の一か所にとどまり、渾身の力で囀り続ける目白のような小鳥を想像する。全身に力を込めて囀るたびに枝先が揺れるのであろう。鳥の懸命な息遣いや、細やかな動きまでもが、そのわずかなしなりに見てとれる。
吹き溜る朴の落葉のうらおもて小野誠一〔あきつ・春耕〕
[あきつ 2022年 春号より]
朴の葉は、表側は、つややかな茶色、裏は白い色が際立っているなど、表と裏とでは色や形状が違う。興味深いのは、散っている葉のその表と裏の比率である。確率的には、半々であろうと想像されるが、実際には、裏側が上になって散っているものが圧倒的に多いのである。葉柄の重さや葉の反り具合などが、微妙に作用しているものと思われる。
省略された下五の「うらおもて」には、そのような不思議であることよ、という意味合いが込められている。対象を興味深く観察しての句である。
どんど火に書初の「和」の今燃ゆる辻桃子〔童子〕
[俳壇 2022年 3月号より]
書初の手本としてよく用いられる、「世界の平和」のうちの最後の一文字だったのかもしれない。「和」の一字に焦点化されたことにより、作者のメッセージが鮮明に伝わってくる。
コロナの蔓延、地球環境の深刻な状況、世界のあちらこちらで起こっている戦争や紛争。世界はまさに危機的な状況にあるといっても過言ではない。「和」の一文字は、混沌とした今の時代こそ、世界が一つにならなくてはなりませんよ、と訴えかけているとも受け止められるのである。
螢烏賊かもめの嘴に発光す井上弘美〔汀〕
[俳句 2022年 3月号より]
第十回星野立子賞受賞作品から。螢烏賊は普段は深海に生息しているが、捕食者の少ない夜に浮上してきて浅瀬に産卵する。それを狙って暗い海岸にかもめたちが群れ寄ってくる。
「嘴に発光す」の措辞がじつに見事である。子孫をつなぐために夜の海岸で必死に産卵する螢烏賊と、生きるために懸命のかもめ。まさにその命と命の攻防が象徴化されているのが、「嘴に発光す」なのである。
大寒の一人づつ減る終電車高野清風〔雲の峰・春耕〕
[雲の峰 2022年 3月号より]
作者の心理が見事に描かれている抒情句である。終電車ということもあり、はじめは車内も混んでいたのであろう。やがて一人減り、そして次の駅で一人降りと人影が次第に減ってゆき、寒さが募る。
終電車は、昨今の作者の心情とも考えられる。一人、また一人と他界してゆく古くからの友達や知人。そのたびに寂しさが胸中に漂う。自分一人だけがこの世に残されたような、そんな侘しい心中をつづった句とも解釈できる。
箒目の筋の律義さ神迎武田禪次〔銀漢〕
[銀漢 2022年 2月号より]
俳句は極端に文字数の少ない文芸である。それだけに、取合せの技法は成功すれば大きな効果を生む。問題は、季語とどのような事柄を取合せるかである。掲句はまさに、その取合せのお手本のような句である。
中七の「筋の律義さ」がなんとも絶妙である。この措辞により、季語が生き生きと作用し、相乗効果を生み、帰還する神様をお迎えする祭事にふさわしい荘厳な雰囲気が見事に醸し出された。
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