鑑賞「現代の俳句」 (154) 蟇目良雨
夕映えに鵙の舌打ち何かある森岡正作[出航・沖]
「出航」2020年12月号
鵙の高音は山野の空気を引き締める。鵙の啼き声を聞いて人はどこかに危機感を覚える不思議な鳥である。鵙にも舌打ちに似た鳴き方がある。「チャ、チャ、チャ」と声を出す。夕焼けの美しすぎる光景の中に鵙の舌打ちを聞いて作者は何かありそうだと不安がっている。田園派俳人ならではの感覚の鋭さがある。
落葉松に寒九の落暉渦なせり根岸善雄[馬醉木]
「馬醉木」2021年2月号
落葉松といえば根岸善雄といわれるくらい氏には落葉松を詠った句が多くある。掲句は寒九の日の落暉が落葉松林の中に落ち込んでゆくとき渦巻いて見えた刹那を描いたもの。入り日が渦巻いて見えるのも寒九の特異な現象と思わせる説得力がこの句にはある。かのゴッホが「糸杉と星の見える道」や「星月夜」で見せた星々が渦巻いて見えたりする心境に氏もなったか。
子ら去んで残る膾と小殿原朝妻力[雲の峰]
「雲の峰」2021年2月号
作者の詩嚢には珍しい単語がたくさん詰まっている。その内の一つが小殿原という言葉。「ことのばら」と読む。節料理のごまめのこと。綺麗に飾り付けられた重箱のおせちも終いにみすぼらしく残るのは膾とごまめだったと言うのが句意。< 子ら去んで残る膾とごまめかな> では驚きが伝わらないが小殿原としたことで俄然面白くなったと思う。
朝日より夕日明るききぬさらぎ木元祐子[星時計]
「俳句界」2021年2月号
「きぬさらぎ」は如月の異称。如月を衣更着とも書きその読みからきたものか。朝日の明るさより夕日が明るく感じられたのは確実に日脚が伸びた証拠。下五を「きぬさらぎ」と止めたことで味わいが深くなった。言葉の選択が成功した例。
ヒロシマやのけぞり啜る牡蠣の汁檜山哲彦[りいの]
「俳句界」2021年2月号
カタカナで「ヒロシマや」と打ち出されると身構えてしまう。これは「フクシマや」と打ち出すときも同じで、読者は暗黙の内に原子爆弾投下や福島原発事故のことを想像してしまうからである。掲句はそんな読み方を排除しつつ、カタカナ表記のインパクトを利用した句作りになっている。句意は「広島に来て名物の牡蠣料理を食べたが、のけ反るほど美味い汁の味であった」ということ。広島出身の作者が敢えて「ヒロシマ」としたことの意味を味わいたい。
ふくろふや天動説の頃の闇黒澤麻生子[秋麗]
「俳句界]2021年2月号
梟と闇の取り合わせは数あるが、闇の種類をはっきり提示し、またその闇が生々しく感じられる稀有な作品である。宗教に名を借りた弾圧が横行した中世のヨーロッパの闇は現代においても人々の心に沁みついていていつ何時広がるかもしれぬ。アメリカ人の85%が今も進化論を信じていないという。たとえ進化論があるとしてもそれは神が設計したものだと信じているという話を聞いたことがある。天動説の頃の闇は現代に通じていると思わせる力がこの句にある。
ストーブの燃え盛るときどこか醒む川上良子[花野]
「俳句四季]2021年2月号
人が生きるために必要なのは衣食住。住のうちで冬の寒さに耐えるための道具が暖房器具。ストーブは冬を生きるために無くてはならぬものだ。
源氏物語の世界では炭櫃、火桶が唯一の暖房器具。寒くて夜も眠れなかったことだったろう。いわんや庶民においてをや。現代のようにスイッチ一つで得られるエアコンや床暖房の快適な温さに感謝したい。
ストーブと言えば人それぞれ思い出があるのでは…。作者と同じ年代の私には雪国での石炭ストーブが思い出深い。教室の前方の先生の席に近いところに据えられていて授業中の手を止めて先生が石炭をくべる姿を遠くの席から眺めていたものだ。
我が家にも石炭で焚くダルマストーブがあり、母が煮物の鍋を載せたり、子供たちは熱くなったトタンの煙突に餅を擦りつけて薄く煎餅のようになったものを食べあって冬の楽しみにしていた。
掲句は燃え盛るストーブを前にして心の醒めるのを覚えたというが、石炭の燃える音の他に何も聞こえない静かな時に思い出すあれこれの何と多いことかと鑑賞してみた。
〈彳亍(てきちょく)と丿乀(へ つふつ)とぼたん雪 岡本久一〉も興味があったが彳亍、丿乀などの言葉を使って句作りが出来ることを知ってほしかったことを言うに留めたい。
◆十三年間に亙り本欄を担当し、作品を探す苦労、鑑賞する苦労、締め切りに間に合わせる苦労が段々楽しみ、喜びに代わって来たのを覚えるという貴重な体験が出来た。そろそろ交代の時が訪れたようだ。次回から沖山志朴さんが本欄を担当します。ご期待下さい。
(順不同・筆者住所 〒112-0001 東京都文京区白山2-1-13)
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