鑑賞「現代の俳句」 (19) 沖山志朴
惣菜屋研ぎ屋便利屋祭足袋月野木若菜〔知音〕
[俳句四季 2022年 8月号より]
たった四語の名詞を並べるだけで、下町の賑やかな祭の一体感や、高揚感を実に見事に演出している。この計算し尽くされた表現の巧みさが、なんといっても掲句の魅力である。
職業も様々、普段の生活ぶりやものの考え方も、また価値観もまちまち。しかし、こと祭となるとその違いを超越して、人々に見事な一体感が生まれる。掛け声を揃え、歩調を合わせ、リズムよく神輿を担ぎ、心を一つにして盛り上がる。その高揚ぶりを象徴しているのが、祭足袋の白さである。周囲で見物している多くの人のざわめきや歓声、掛け声までもが十七音から熱気を帯びて伝わってくる。
えごの花子の通ひ路に落つる頃岩田由美〔藍生〕
[藍生 2022年 8月号より]
重い病で長期の入院を余儀なくされている状況下での作である。学校に通う三人のお子さんを、母親として気遣う辛い心の内が切々と伝わってくる。
えごの花は散った後もしばらく真っ白。人が歩くと足形が残る。そのえごの花を踏みしめながら登校する我が子の、寂しい心の内をふと思う。面倒を見てやれない腑甲斐なさ、病への不安・・。さりげない表現にやるせない心の内までもがひしひしと伝わってくる。「落つる頃」には心奥までもが見事に表現されている。
出目金のいつもどきどきしてをりぬ松野苑子〔街〕
[俳句 2022年 8月号より]
突然変異や品種改良により、ユニークで愛嬌のある風貌となった人気者の出目金。しかし、その愛嬌や人気とは裏腹に、他者の目を気にしながら、いつもどきどきして生きているという。
現代社会で生きていくためには、人と違ったものの見方や考え方、発想が求められる。しかし、それが度を越すと、今度は異端視され、孤独に生きていかなければならなくなる。そのジレンマの中でのもどかしさを比喩的に、ユーモアたっぷりに表現している。
間をおきて老鶯調子整へぬ吉村征子〔雲の峰〕
[雲の峰 2022年 8月号より]
春先は、拙い鳴き声であった鴬も、夏を迎える頃になると、谷や森に響き渡る見事な声を披露するようになる。よく聞いていると、その鳴き声は、一様ではなく、高音があり、低音があり、時には雛たちに危険を知らせる谷渡りが混じったりと、実にまちまち。
掲句の鶯、節回しに失敗したのか、途中を端折ってしまったのか。しっかり鳴けない雄は、縄張りを守れなくなる虞れもある。「間をおきて」は、老鶯のそんな心の揺らぎを暗示している。鶯の内面にまで触れた繊細さが光る句である。
玫瑰をさして番屋の一升びん佐藤さき子〔あきつ〕
[あきつ 2022年 秋号より]
市街地から遠く離れた、熊も出没するような不便な知床当たりの鮭番屋での光景であろう。番屋は、海の重労働に携わる男たちの生活の拠点であり、唯一の安らぎの場でもある。楽しみは、夜の団欒のひと時の酒。
その番屋に、場違いなように紅色の美しい玫瑰の花が飾られている。その美しい花が、男たちの飲み乾した酒の空瓶らしきものに飾られている、というのが掲句の妙味。その対照的な取合せが不思議な魅力を生む。
田水張り終へて天より星迎ふ石川渭水〔汀〕
[俳句界 2022年 8月号より]
句またがりになっており、前半では、伏線として代掻きが終り、水を引き、田植えの準備がすっかり整ったことを表現している。後半では、それを受けて、田水に映った星々の美しさを讃えるという構図となっている。
鏡のような田水に映った美しい星々を楽しむ。だが、下五の「星迎ふ」にはそれだけではなく、宇宙や神々の超自然的なものと一体化しようとする心の内までもが見えてくる。似た句は、他にも見られるが、この「星迎ふ」により、燦然と輝く句となった。
決心の空へ蹴り出す半仙戯 菊池ひろ子〔鴻〕
[鴻 2022年 7月号より]
どうすべきかと散々迷っている事柄、この日も迷いつつ何気なくぶらんこへ乗る。しばらくは、揺れながらの思案が続く。しかし、突然、決断がつく。
迷っている事柄が何なのであるかは一切触れられていない。しかし、人生を左右しかねない重大な内容であろうことは想像される。決断した瞬間を「空へ蹴り出す」と力強い行動により表現した。晴れ晴れとした心の内が読者に見事に伝わってくる印象的な句となった。
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