鑑賞「現代の俳句」 (24) 沖山志朴
音ひとつ落ちて地に咲く落椿一民江〔馬醉木〕
[俳句四季 2023年 1月号より]
椿の花と山茶花の花の大きな違いは、椿が花ごと音を立てて落下するのに対して、山茶花は花弁が一枚ずつ静かに舞い散るところにある。掲句は、聴覚と視覚の融合の句。聴覚の「落ちて」と、視覚の「咲く」の二語が、対句的な意味合いで用いられている。そして、これらの措辞が地に落ちた椿の花の印象をより鮮明にする効果を遺憾なく発揮している。
ぼとっという音に振り返る。すると、あたかも地面から咲き出したかのように、椿の花が一輪上向きに静止しているではないか。落下して、すでに命の尽きた花でありながら、なお地上に新しい命を得たかのようにみずみずしく存在するその一輪に、作者は思わず魅せられてしまう。
かなかなはあの世にゆきし人の声武藤紀子〔円座〕
[俳壇 2023年 1月号より]
初秋の夕暮れの散歩の途中の林の中で、蜩が一斉に鳴き出したりすると、哀愁を帯びたその声が、まるで異界からの誘いの声のように聞こえてきたりする。あたかも冥界にでも迷い込んでしまったかのような感覚。
年齢を重ねるにつれ、一人、また一人と周りの人たちが他界してゆく。そんなとき、自分ひとりだけが取り残されたような孤独感に襲われる。掲句の「あの世にゆきし人の声」と捉えた感覚の鋭さに感服する。比喩に説得力のある句である。
散紅葉しばし甌穴抜けだせず中村昌二〔春月〕
[俳壇 2023年 1月号より]
甌穴とは、急流の川底にできた丸く深い穴のこと。窪みに入った石が、流れで回転し、削られてできる。彩り豊かな何枚もの散紅葉が、穴の中にはまったまましばし出られない状態で回転している光景である。
多くの散紅葉は、清流の流れに乗って揺蕩いながら流されてゆく。その風流な光景に対して、甌穴にはまった散紅葉は、まるで捕らわれの身ででもあるかのように穴から出ることができずに回転しているだけ。その理不尽さに同情する作者の心持ちが窺える。
最後また身体の話初電話平山北舟〔小熊座〕
[俳句界 2023年 1月号より]
「また」のわずか二文字の副詞の活用が実に巧みである。この二文字の措辞により、一句の主題が鮮明に浮かび上がるとともに、句に余情が生じた。
それぞれ健康に不安を抱えた高齢者同士の初電話なのであろう。健康のことに始まった話が、一旦違う話題に反れたものの、最後はまた体に関する話題に戻る。「健康第一、お互いに気を付けて長生きしようね」。そんな言葉が聞こえてきそうな気がする。
達磨に目あるが悲しきどんどかな大木あまり〔星の木〕
[俳句 2023年 1月号より]
燃え盛るどんどの火、その焔の中に一瞬見えた達磨の目玉。願いが叶って書き入れられた二つの目玉であろうが、宿っている魂までもが一緒に焼かれてしまったかのような気がして、辛くなったという。
視点の当て方や句の焦点化など、作句の上で学ぶべき点のある句。句歴の浅い人だと、ついつい達磨が燃えながら転げ落ちた、と報告的な捉え方で終わってしまいがち。ところが、作者の視点は、一歩突っ込んで、二つの目玉の存在まできちんと捉え、焦点化し、自らの思いをその上に重ねながら一句を深めている。
寒鯉が棋士より先に動きけり望月周〔百鳥〕
[俳句界 2023年 1月号より]
省略と取り合わせの妙と、感性の鋭さが光る。「棋士より先に」の措辞が想像の世界を見事に拡げる。対局の場の雰囲気を十七音で表現するのに、これだけ有効な言葉はなかろう。
対局の場の重苦しい雰囲気が伝わってくる。棋士はじっと将棋盤を見つめたままで、次の一手を打つ気配がない。そんなときに、今までほとんど動こうとしなかった池の底の寒鯉が、先につと動いた。具象を通して、場の繊細な雰囲気を見事に伝える。
舟ゆらしとほりゆく舟草の花 根橋宏次〔やぶれ傘〕
[やぶれ傘 2022年 10月号より]
秋の可憐な草花がたくさん咲く岸辺、そこに一艘の小舟が止まっている。そこに、もう一艘水脈を立てつつ急ぐようにやってきた別の小舟。その水脈が、やがて小波となり、しばし岸辺の小舟を揺らしては、去って行ったという。
穏やかな秋の昼下がりの、なんということもない川辺の一光景。その一角の光景を、情感を込めて豊かに表現した。静寂の力が十七音に漂う。
(順不同)
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