鑑賞「現代の俳句」 (9) 沖山志朴
一湾を巡り巡りて燕去ぬ朝妻力
[雲の峰 令和3年10月号より]
何やら湾の上空が騒がしい。ふと見上げると燕の群。鳴き交わしながら大空を何度も旋回している。しばらく眺めていると、その群は徐々に膨らみ、やがて西空へと消えていった。実は、筆者も同じような帰燕の光景を十年ほど前に、皇居の上空で目撃したことがある。
燕の塒入りを何度か見に行った。薄暮の空に燕が群をなして鳴き交わし、やがて芦原の塒へとさっと降りてゆく。そして、しばらくまた鳴き交わす。これは、識者によればその日の情報交換なのだという。この燕の群も上空を巡りながら鳴き交わし、一緒に渡る仲間を呼んでいたのであろうか。リズムのよい、そして、スケールの大きな貴重な嘱目の句である。
振向けば馬と眼のあふ秋の暮畑中とほる
[俳句界 令和3年10月号より]
春耕誌の課題詠の選を担当している畑中さんの句。むつ市にお住まいの畑中さんは、下北半島の最東端にある尻屋崎の寒立馬を愛して止まないお一人。これまでにも〈岬馬のどの子も跳ねて青岬〉〈絶壁に白馬立つ影初日の出〉などの名句を数多発表してこられた。
この岬を何度も訪れている畑中さん、しばし馬と親しんだ後の別れの場面と考える。「じゃあね、また来るよ」と言ってはしばらく歩く。秋の日暮れはただでさえ寂しい。ふと振り返ると、馬も名残惜しげにこちらを見つめているではないか。
梅雨兆す壁に鍼灸経絡図鈴木しげを
[鶴 令和3年9月号より]
鍼灸院での句であろう。経絡図とは三百以上もあるツボを示した人体図のこと。作者は、ふむふむと感心しながら、壁のその図に眺め入っている。
普段は健康であっても、梅雨時になると体の不調を訴える人は少なくない。鍼灸は副作用が少なく血行改善などの作用から健康増進が期待できる治療として注目されている。作者も鍼灸に期待するお一人なのであろう。季語が実に効果的で、まさにツボを心得た一句。
本を読む女性電車を涼しくす小川軽舟
[鷹 2021年9月号より]
かつては、「日本人は読書好きで、電車の中では、多くの人がじっと読書にふけっている」、と外国の人が感心したものである。しかし、今日、そのような光景はほとんど見かけなくなった。代りに多くの人が携帯電話の画面を無言で見つめている。
近年、社会の情報化が急激に進んだ。それに伴って世の中の様子も大きく変化してきている。ふと見渡した電車の中で読書している女性の爽やかな印象を詠った句でありながら、変化の激しい現代社会の状況に驚き、半ばノスタルジーすら覚えている句でもある。
風鈴のうつらうつらと鳴る真昼増成栗人
[鴻 令和3年10月号より]
先ほどまであった風も止んでしまった。澄んだ風鈴の音もほとんど聞かれなくなってしまい、時折吹く微風にか細くなるばかり。気温も上昇してきて暑苦しい夏の真昼であることよ、と嘆く。
中七の「うつらうつら」のオノマトペは、わずかに鳴る風鈴の弱々しい音色であるとともに、また、作者の夏の真昼の気怠い心の襞を表す語でもある。このオノマトペがなんとも巧みである。
葉月来る一誌疫越え戦越え森田純一郎
[かつらぎ 令和3年9月号より]
創刊以来九二年も経つかつらぎ。めでたく1100号を迎えた。この間、何度も廃刊の危機に晒されながらも、先人の努力でなんとかそれを乗り切ってきた。特に第二次世界大戦中の危機を乗り越えてきたその苦労は大変なものであったろう。「疫越え」をした結社は数多あっても、「戦越え」をして、今日まで続いている結社はほんの一握り。ご努力に敬服するばかりである。
掲句、「越え」のリフレインが実に心地よい祝句。結社の歴史を象徴する主宰の句として、末永く受け継がれてゆくことであろう。
夏料理跳ぬる姿の焼魚柴田多鶴子
[鳰の子 令和3年8・9月号より]
十周年記念号とある。一区切りついて、関係の皆さんほっとしておられることでしょう。これまでは、土台作り、これからは、発展の十年に、と意気込んでいる姿が目に見えるよう。
夏料理が振る舞われた。そこに並んだ鮎の塩焼き。「跳ぬる姿」の中七の措辞が、結社のこれからの発展を象徴しているようで、実に巧みであると感じ入った。
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