日本酒のこと (24) 安 原 敬 裕
「生酛と山廃」
先月はアルコール発酵の役割をもつ清酒酵母菌を増殖させる「酒母(しゅぼ)造り」について触れました。技術的な話になりますが、日本酒の奥深さを理解するうえで不可欠な知識なので我慢して読んでください。
酒母造りの肝は乳酸菌を生成することです。最も伝統的な方法が「生酛(きもと)造り」であり、これは「山卸(やまおろし)」と云いますが、小さな桶に入れた蒸し米と麴米に水を足したものを櫂で何日もかけて混ぜて磨り潰す大変に体力を要する作業を行います。これにより天然の乳酸菌が出来上がり、この乳酸菌のもとでは清酒酵母菌以外の雑菌は死んでしまいます。そして、明治時代の後半までは、この乳酸菌に天然の蔵付き酵母菌が付着して増殖していくのを只々待っていたのでした。
その作業を簡便にしたのが「山廃酛(やまはいもと)造り」です。この山廃とは「山卸の廃止」の略語です。蒸し米を磨り潰さなくても、米麴のもつ酵素の力で乳酸菌が生成できることが解明されたのです。この酵素の浸みた液体を蒸し米に何度も掛けることで乳酸菌が出来るため、蔵人の作業は一気に軽減されました。
そして、現在の主流は速醸酛(そくじょうもと)造り」であり、最初から出来合いの乳酸菌を使用するものです。この場合は、桶に市販の乳酸菌と蒸し米、麴米、水そして純粋培養した清酒酵母菌を加えて混ぜれば自然と酵母菌が増殖し酒母が出来上がります。これにより生酛造りで約1ケ月を要していた作業が一気に2週間程に短縮されました。
以上のような技術革新は、明治時代後半の1904年に東京滝ノ川に国の醸造試験所が設立されたことを契機に全国の酒蔵に一気に普及しました。現在では速醸酛と山廃酛、生酛の割合は90、9、1と云われています。一方、最近は伝統的な生酛や山廃造りにこだわる蔵が増加する傾向にあります。それは生酛や山廃酛造りのお酒の方が、天然の乳酸菌の力により発酵力が強く、旨味成分であるアミノ酸をより多く含む芳醇で複雑な香味に仕上がるからです。論より証拠で、是非とも飲んで試してください。生酛造りは福島県二本松市の「大七」、秋田市の「大平山」、酒田市の「初孫」等が、また山廃酛造りは白山市の「菊姫」や「天狗舞」、竹原市の「勢龍」等が知られています。
その味わいの第一印象は、日本酒とはかくも旨くて奥深い余韻を残すものなのかという驚きです。酸が強いため燗酒にすると膨らみのある辛口のお酒へと一気に変身します。料理との相性も良く、特に青カビ系のゴルゴンゾーラ等のチーズとは赤ワイン以上に素晴らしいマリアージュとなります。その醸造技術は年々進化しており、意欲のある杜氏の挑戦が今日も続いています。
古書街に立飲みをして年忘れ良雨
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