日本酒のこと (31) 安 原 敬 裕
「ラベルは語る(下)」
日本酒のラベルには、前回申し上げたように表示義務のある必要記載事項と任意記載事項があり、日本酒ファンが期待するのは酒蔵がアピールする情報が表示されている任意記載事項です。その中で我々が最も目にするのは、「特定名称酒」に該当する「大吟醸」「吟醸」「純米酒」「本醸造」等の表示であり、「この酒は高級ですよ」とグレードの低い「普通酒」との差別化を目的としたものです。
その上で、伝統的な手法で醸した「生酛」や「山廃」もその旨を明記しています。また、最近は夏でも「生酒」と表示したお酒をよく目にします。「生酒」は搾りたての新酒であって腐敗防止の火入れをしていないお酒のことですが、冷蔵技術の発展した今日では真夏でも早春に搾ったフレッシュな新酒の香味を楽しむことができます。
次に多いのが「酒造米」の表示です。全国ブランドの優良銘柄である「山田錦」や「美山錦」、「雄町」等は当然のこととして、最近は地酒であることを強調する意図で、「出羽燦々(山形)」、「総の舞(千葉)」、「松山三井(愛媛)」といった地域ブランド米を表示するケースが増えています。一方、「米」とのみ表示している日本酒は、大した酒造米は使用していないことを暗に物語っていると理解してください。
また、酒造米の「精米歩合」を表示するケースが増えています。お米は磨けば磨くほど高品質なお酒に仕上がるとの多くの消費者の思い込みに応えたものです。大吟醸は精米歩合40%程度が最も美味しいと思いますが、なかには18%、さらには1%のお酒もあり馬鹿高い値段で売られています。綺麗でクリーンとは思いますが、お米に由来する馥郁とした香味とは無縁のお酒であり、個人的には邪道だと思っています。
さて、日本酒造りで大量に使用される「仕込み水」については、それが硬水か軟水なのかでお酒の香味は大きく異なります。硬水の代表格である灘の宮水は必ず記載されていますが、他の日本酒ではほとんど表示されることはなく、あっても「南アルプスの伏流水」といった程度の記載がせいぜいです。その中で、かの横山大観が愛飲した三原市の「酔心」は「硬度14度の超軟水」と表示しており、これは極めて稀なケースです。
そして、日本酒の香味に最も大きな影響力を持つ「酵母菌」についてですが、日本酒ファンであれば是非とも知りたい情報です。残念ながら、この酵母菌の種類を表示している銘柄はほとんどありません。「きょうかい7号酵母」とか「秋田花酵母」「アルプス酵母」等と記載しても、大半の消費者にはチンプンカンプンなので敢えて表示しないのかもしれません。また、企業機密としている酒蔵も少なくないようです。
当然のことながら小さなラベルが語る情報は限られていますが、それを理解したうえで最後は自分の舌で判断するしかないという結論に落ち着くようです。
泥鰌汁二杯三杯酔ひすすむ蟇目良雨
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