日本酒のこと (32) 安 原 敬 裕
「日本酒と器」
先般、姫路の穴子専門店で地元の「奥播磨・山廃」を冷酒で注文したところ、お隣の岡山の備前焼の片口とぐい呑みが出てきました。高温で硬く焼き締めた備前の器は日本酒をより透明にするとも言われています。龍野のうすくち醤油のたれを塗った肉厚の焼き穴子と、芳醇で深みのある山廃造りの奥播磨は最高のマリアージュでした。その備前焼は少し窯変した独特の色合いがあり、日本酒の美味しさに加えて、酒器の持つ伝統的な美を愛でることで何とも言えない豊かな時間を持つことができました。
と、恰好を付けましたが、日本酒はギンギンに冷えたものから超熱燗に至るまで大変に幅広い温度帯で楽しめるという、ワインやウイスキー等の他のお酒にはない特徴があります。また、瓶のままではなく他の容器に移し替えて飲むことも日本酒ならではのことです。そして、我が国には陶磁器をはじめ漆器や硝子、錫等の伝統工芸の粋が生活の隅々にまで普及し定着しており、その器と日本酒は持ちつ持たれつの関係で発展してきました。
日本酒は、一升瓶等から徳利や片口等の容器に移され、猪口やぐい吞等に注いで味わうのが一般的です。それは燗酒であろうと冷酒であろうと、備前や伊賀、萩、織部等の陶器の場合は、器の持つ侘寂を楽しむことができます。伊万里、九谷等の磁器であれば、その華やかな色合いを愛でることができます。そして冷やした日本酒は、切子等の硝子や錫の器でその清涼感を味わえます。このように、日本酒を味わう器は多種多様であり、その意味では日本酒を嗜むということは、同時に芸術的な工芸品をも同時に堪能するという大変な贅沢を味わうことを意味しているのです。
そのような中、昨今は吟醸酒の人気が高まってきており、その特徴である果実系の香りを楽しむための酒器も数多く出回っています。私個人としては、日本の日本の陶磁器に加えて香りを閉じ込めるという意味でワイングラスを使用することがあります。そして、日本酒はお燗にするとお米の持つ素晴らしい香りが立ちますが、これをワイングラスで飲むと、小さな猪口では味わえない芳醇な日本酒ワールドに酔い痴れることができます。
また居酒屋で飲む場合は、桝や皿に載せたコップに日本酒をなみなみと注いで貰い、表面張力を超えてグラスから溢れ出す様子を見るのは何とも言えない喜びがあります。お互いが差しつ差されてのお猪口の場合は飲んだ分量が分かりませんが、コップ酒の場合は自分のペースにあわせて飲むことが出来るというメリットがあります。なお、飲み屋では律儀にもお酒の銘柄ごとに器を交換するのが通例ですが、私は大反対です。それぞれの日本酒をミックスすることで初体験できる香味もあるのです。
以上のように、世界の他のお酒に比べて日本酒ほどバラエティーに富んだ酒器との相性のよいお酒はありません。様々な器にトライして頂きたいと思います。
楽焼の湯呑に受くる温め酒升本行洋
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