日本酒のこと  (36)                     安 原 敬 裕

第36回 「最終回」

  早いものでこの「日本酒のこと」の欄も36回目を数えます。私は以前から「日本酒の安原さん」を自称しており、現存する約1400の日本酒蔵のうちほぼ全部の蔵の酒を飲んできました。それを知る蟇目良雨主宰から執筆依頼があった時は断る選択はなく、私の日本酒に寄せる熱い想いを発信する絶好の機会とて二つ返事で引き受けました。 
   日本酒が我が国の文化伝統の重要な一翼を担っていることは当然のこととして、私が執筆に際して心掛けたことの第一は、昨今の日本酒離れの大きな原因である日本酒に関する誤解や偏見を正すとともに、日本酒の急速な進化についての正しい知識と情報を提供することです。その二は、日本酒造りの環境が杜氏の多様化や清酒酵母菌の開発競争等の技術革新により大きく変化している実情を知ってもらうことです。その三は、日本酒の種類の多様性と同時に飲み方や味わい方も多様であることを認識してもらい、一人でも多くの方に日本酒ファンになってもらうことです。
   以上のような視点から、「日本酒とワインの違い」「ワイン」「特級・一級・二級酒の時代」「特定名称酒」「日本酒の甘口辛口」「冷酒と燗酒」「生酛と山廃」「日本酒の発泡酒」「多様化する杜氏」等のタイトルで執筆してきました。連載開始は令和3年1月号でした。その当時は中野サンプラザにおける春耕の同人句会の後は、20名近くが「炙谷(あぶりや)」という居酒屋で飲んで懇談するのが慣例になっていました。その飲み会の場で掲載された「日本酒のこと」を話題にしていただき、その反応を見ながら次のテーマを決めようと思っていました。しかし、長引くコロナ禍のため同人句会は中止されたまま再開されることはなく、私の思惑は完全に外れました。
   そこで思い悩んだのは、「純米酒」「吟醸酒」「仕込み水」等の毎月のテーマについてどこまで掘り下げて書くかということでした。日本酒を正しく理解してもらうには専門的な領域に踏み込む必要がありますが、それも度が過ぎると敬遠されます。特に「米麴」「酒母」等の一般に馴染みのないテーマでは苦労しました。またテーマ毎に限られた文字数で完結させようと思うと、何を生かして何を捨てるかも悩ましい問題となります。
 それは兎も角として、この欄を執筆したことにより日本酒に関する知識が整理されるという意味で私自身も大いに勉強になりました。またこの間に、海外とのコラボにより新しいタイプの酒蔵がニューヨーク等でオープンするとか、清酒酵母菌で醸されるシャルドネ種の白ワインが登場するといった新しい動きが活発化してきたことを喜んでいます。結びに、3年間の掲載に感謝申し上げるとともに、皆様が世界に羽ばたき進化する日本酒の愛好家になっていただくことを切にお願いして筆を置きたいと思います。ありがとうございました。

悴む手揉みては研ぎぬ酒造米安原敬裕