日本酒のこと  (16)                     安 原 敬 裕
 「米だけの酒あれこれ」         

  既に何度も触れましたが特定名称酒である「純米酒」とラベルに表示するには、酒税法に定めた基準を満たす必要があります。その基準の一つに精米歩合(玄米を削り残った米の割合)があり、特別純米酒だと60%、純米大吟醸酒だと50%と定められています。しかし、純米酒にはこの精米歩合の基準がありません。
 玄米を精米する理由は、お酒の雑味と原因となる米の表層部の脂肪やタンパク質を取り除くことにあります。また、特定名称酒に関する法律が施行された1990年(平成2年)当時は、「純米酒の精米歩合は70%」とありましたが直ぐに削除されました。理由は醸造技術の向上とのことです。さらに不思議なのは、純米酒に少量の醸造用アルコールを添加した「醸造酒」には精米歩合70%の基準が残っていることであり、その本当の理由については今も私には謎です。私の好きな滋賀県長浜市の「七本槍」の酒蔵では精米歩合80%の純米酒も販売しており、訊けば良質な酒米であれば精米しない方が骨太で旨味のある酒になるとのことです。確かに一理あるとは思いますが、何かスッキリしません。
 ある時に、そのヒントとなる話を有名酒販店の御主人から聞きました。御主人が憤慨して語るには「安い食用米に水と酵素を加えミキサーで液体にし、それに麴菌と酵母菌を加えてタンクで発酵させて米だけの酒と称して販売している輩がいる。これが日本酒と云えるのか、怪しからん。」とのことでした。これは液化仕込とも融米仕込とも呼ばれる醸造法であり、要は伝統的な蒸米の使用に替えて、お粥状に液化した米を使用する製法です。
 確かに我々が思い描く伝統的な手造りの日本酒とは大きくイメージが異なりますが、日本酒の醸造工程の観点からは理にかなっている手法のようです。また液化仕込の最大のメリットは、酒粕が残らないほど米を無駄なく使用できること、タンク内での発酵管理が容易であり時間と労力が短縮できること、その結果として大幅に低コストの酒が造れることです。先入観なしで飲んでみると思いの外に美味しいとの印象でした。
 そして、この液化仕込の酒に酸味料等の添加物を加えなければ、文字どおり「米だけの酒」、あるいは「米100%の酒」となり、一定の基準を満たせば「純米酒」と表示できます。更に私が驚いたのは、米粒ではなく吟醸酒用に精米した際に出てくる大量の米糠(こめぬか)を使用するお酒が登場していることであり、これも「米だけの酒」と表示されます。これらの酒は主として紙パック入りで驚くほどに安い値段で売られています。
 良し悪し、好き嫌いは兎も角として日本酒造りの世界は我々の想像を絶するほどの技術革新が進んでおり、それは機械化、AIの活用等は勿論のこと、それ以上に熾烈なのが日本酒の香味を決定づける酵母菌のバイオ技術等を駆使しての開発競争です。
酔ひざめの風のかなしく吹きぬける種田山頭火