春耕俳句会は、有季定型の俳句と和楽の心で自然と人間の中に新しい美を探求します。第五感・第六感を働かせた俳句作りを心がけます。
連載記事 - 月刊俳句雑誌「春耕」掲載

鑑賞 「現代の俳句」(118)2018年3月号

どんぐりの昔を拾ひゐたりけり 嶋田麻紀

枕草子のおもしろさを読む(10)2018年3月号

一四三段「いやしげなるもの」(見た目に下品なもの)は式部の丞の笏、黒い髪の筋が良くないの、布屏風の新しいの、引戸厨子、坊さんのふとっているの、本物の出雲筵の畳のである。気品があってうつくしい美を「なまめかし」とすると、気品がなく、魅力のないものが「いやしげなるもの」である。

はいかい漫遊漫歩(82)(83)2018年3月号

東大寺二月堂(奈良)の修二会(3月1日―14日)にちなんで書く。二月堂で行われる修二会の「お水取り」は、若狭(福井)から二月堂脇の良弁杉の根方に遠敷(おにゅう)明神を勧請、、大松明を持った十一人の練行衆(僧侶)が、明神の閼伽井屋(あかいや)の若狭井から香水を汲み、堂内に運ぶ儀式。 詩人、三好達治には、俳人としての隠れた顔があった。俳句を始めたのは詩作より早く、中学時代に『ホトトギス』を購読、独学で作句に没頭、二十歳ころ句作ノートは千句を超えた。俳人を名乗ることはなかったが、伝統的な歌の調べや抒情性が詩に活かされている。

自由時間 (57) 2018年2月号

2008年のこと、イタリア北部の個人宅から東洋人と思しき男性の肖像画が発見された。縦五十三センチ、横四十三センチの油彩画で、茶色の上着、黒い帽子、白いフリルという十六世紀後半のスペイン風の衣装を身に付け、薄く口ひげを蓄え、やや斜視気味の目が静かにこちらを見ている。絵の裏には、「ドン・マンショ日向国王の孫/甥 豊後国王フランチェスコ(大友宗麟)より教皇聖下への大使 一五八五」という記述があった。この記述から、肖像画の主は、天正遣欧少年使節の主席正使・伊東マンショであると確認された。

鑑賞 「現代の俳句」(117)2018年2月号

自在なる一人のたつき虎落笛   三田きえ子[萌]

曾良を尋ねて(102) 2018年2月号

松平忠輝の遺児としての曾良の存在は幕府にとっては煙たいものであったであろう。それ故曾良の存在を示す資料が少ない。しかし芭蕉と関わった「奥の細道」での活躍で十分に才能を窺うことができる。

枕草子のおもしろさを読む(9)2018年2月号

『枕草子』類聚章段の中で、「~げなるもの」という題詞を持つ章段がいくつかある。「暑げ」「恐ろしげ」「いやしげ」などと、おおよそ不快や卑賤な対象から身を引きつつ、再び興味を寄せるという、距離のある関心の表明のあり方である。不快でありながら、どこか憎めない、奇妙に親密な苦笑のようなものがこれらの章段を性格づけている。

はいかい漫遊漫歩(80)(81)2018年2月号

現代俳句協会の第37回現代俳句評論賞(二〇一七年)を受賞した松王かをり(「銀化」同人)の「『未来へのまなざし』―『ぬべし』を視座としての『鶏頭』再考―」は、文語文法を手掛かりに子規俳句〈鶏頭の十四五本もありぬべし〉の深層に迫る画期的な俳論である。

« 1 71 72 73 92 »
PAGETOP
Copyright © 春耕俳句会:Shunkou Haiku Group All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.