「晴耕集・雨読集」4月号 感想 柚口満
明の春百年現役時代とぞ山田春生
明の春、新年を迎えて人生百年時代を詠んだ元気旺盛な一句である。厚生労働省が平成27年に人生100年時代構想会議を立ち上げてから、100歳という年齢が俄に脚光を浴び出した。その中間報告の中に、平成19年生まれの子供の半数が107歳より長く生きるとした推計が出されていて驚いた記憶がある。日本が世界一の長寿社会を迎えるというのだ。
春耕の長老の部類に入られた山田さんは益々意気軒高、同時に詠まれている「冬萌や老いの胸張り歩かうぞ」にも頼もしい意気込みを感じた次第である。
去年今年酔うてつぶれて好々爺朝妻力
掲句は雲の峰の主宰、朝妻さんの一句。こちらは主宰業で忙しい中、現役バリバリの油の乗り切った仕事を精力的にこなされている。
この句は、年末年始のひと時をごく内輪の、子供や孫と楽しく過ごされたひと幕を吐露されたものだろう。世の中、新型コロナウィルス禍で日常生活が一変、普段なら句会が終わったあとの居酒屋での懇談も一切中止の中にあって、内輪の宴は大いに盛り上がり好々爺も酔ってつぶれてしまったという。皆が去った後の一句、「子ら去んで残る膾と小殿原」の忬情も捨て難い。
低く長く山国ぶりの虎落笛唐沢静男
俳句を学んでいてよく思うのは人よりは少しは難解な漢字が読めることである。掲句の虎落笛(もがりぶえ)などもそうである。難解な漢字読みのテストであれば俳人の成績はその他の人よりは遥かに上位にランクするはずである。
さてこの虎落笛の一句。中七の「山国ぶりの」の表現が秀逸である。10代までを山国、伊那で過ごした作者はその風音が低く、しかも長いことを身に染みて知っている。高く短いより低く長くのほうが威力は計りしれないことを体感済みなのだ。その音を久しぶりに身近に聞いて、故郷の虎落笛がまざまざと蘇った。
爪立ちて暖簾出す日々日脚伸ぶ田中里香
この句の作者、田中さんは嫁ぎ先の家業である日本橋の天婦羅店「天松」の女将さんである。子育てが終わってからお店に出るようになり、爾来お店をてきぱきと切り盛りをする日々である。
そんな多忙な生活のさりげない一齣を詠んだのが掲句である。上五の爪立ちて、の具体的な動作が眼目でこれにより艶ある抒情のある一句に仕上がった。晩冬の夕方、少し高めの暖簾掛けに爪立ちで暖簾をかけながら上空の夕空の色に日脚の伸びを感じとった。暖簾の出し入れは日々同じ行動であるが巡りくる四季にはそれぞれの思いが湧くのであろう。
畦見えて人動き出す雪解村阿部美和子
雪解(ゆきげ、ゆきどけ)という季語は基本的には暖地の雪解けではなく積雪量が多い雪国の季語と思うべきであろう。
春を迎え一面の田の積雪が畦から融け出すとこれに比例するように日毎に人影の動きが活発になりだした。待ち兼ねていた雪解けに村中の喜びがあふれ出る。
池普請鷺の白さの極まれり大溝妙子
池普請という季語が冬なのは、池や川の涸れるのを利用するからで村中や町内の共同作業として行われる事が多い。この作業に付き物は皆が泥だらけになること、そこに佇む白鷺の際立つ白は眩しいかぎりだ。同時出句の「かいぼりの背の泥乾く冬日向」も背の泥に説得力がある。
良き事も少しはありて年惜しむ鏡原敏江
上五から中七の詠み方が実に胸に響く一句である。本来ならば過ぎし1年を振り返るとき、良いことが沢山あったことでいい年だったとの納得感でその思いを締めるはずであったのに、新コロナウィルスの感染禍でそうはいかなかった悔しさが滲みでた。少しの良いことで諦めるのでなく、ここは普通の日常が早く戻ることで大きな喜びとしたい。
どんど焼終へて帰りの身の軽し菰田美佐子
どんど焼き燠になるまで見届けり真木朝実
どんど焼の灰一村を越えて来し結城トミ子
小正月の日を中心に行われる火祭り行事、左義長の傍題にどんど焼きがある。田や川原、あるいは神社の境内や海辺の砂浜などで行われ、正月の門松や注連縄、飾り物などを持ち寄り賑やかに燃やすのである。どんど、とんど、どんど焼きと呼ばれるのは、囃す言葉からきたものという。
お三方の俳句を取り上げたが、その取り上げ方がそれぞれ風趣を異にしたものであり面白かった。
菰田さんは火勢の強いどんど焼きを全身に浴びて身心ともに軽くなり家路についたと詠んで今年の吉兆を確信。真木さんは焼き物が燠になるまでじっくりと見届けた。それが何か少し気になるところである。結城さんはどんどの灰が一村を越えて我が家に及んだと、思わぬ吉事の縁起ものの到来を喜んだ。
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