「晴耕集・雨読集」4月号 感想 柚口満
春めくや海峡の沖紺深め畑中とほる
むつ市の畑中さんの作品。今月号にも作者が生涯の作句場所と決める尻屋崎の岬馬の句が詠まれていたが取り上げた句は津軽海峡から太平洋にかけての沖合を遠望されその海の色合いに注目したもの。
冬の間は吹雪くなかで身を寄せ合って過ごしていた岬馬にも待望の春の兆しが訪れた。いままでモノトーンの暗い色調が続いた沖合は日増しに紺色を深めてきたのに気がつく。飯田蛇笏に春めきてもののはてなる空の色」があるが、掲句には日頃雪に閉ざされていた場所だけに濃紺の海の色に春を見つけた喜びは強い。
まだ色をなさぬ冬木の芽のひかり武田花果
落葉樹の冬木の芽は普段はあまり目に付かないものである。というのは、掲句にあるようにその芽は固いうろこ状の灰色の鎧に覆われ冬を遣り過しているからである。
作者はこの地味な対象に対峙して最後の三文字「ひかり」という語彙を得て一物仕立ての佳句に仕立て上げた。銀色のその芽のひかりにはたしかに春間近の予兆があったのだ。
五重塔雪解雫の休みなし佐藤栄美
この句の作者は山形県鶴岡市の方だから。この五重塔は羽黒山一の坂の登り口に建つものであろう。
国宝に指定されているこの塔は東北最古のもので平安時代に平将門が創建、以後再建。修復を経ているが杉木立に立つ高さ29メートル、杮葺き、素木造りの荘厳さは他を寄せ付けない。
掲句は3月頃の塔の様子を詠んでいるのであろう。各層からの雪が融け出しその絶え間ない音が周囲の杉林を圧倒する。その音は羽黒三山に春を呼ぶものであり、悠久の歴史に対する畏敬の念の音でもある。
飛沫浴び鯨の尾鰭目の前に広瀬元
初鯨慶良間の海の轟きに澤聖紫
掲句2句の作者広瀬さんと澤さんは春耕の沖縄句会のお世話役として活躍しておられる。
さてこの句はお仲間とともに慶良間諸島の沖合のホエールウオッチングの吟行をされた時の作品とみたがどうであろうか。
那覇市から西に40キロの東シナ海に点在する慶良間諸島の海は1月から3月にかけてザトウクジラが繁殖と子育てにやってくることで知られ、その巨体がみせるパフォーマンスを見ようと多くの人が集まる。
広瀬さんは体長10数メートル、体重数10トンの巨体を眼前に見て尾鰭が叩く飛沫を全身に浴びその迫力に驚きを隠せない。
また澤さんは今年始めてみたザトウクジラと慶良間ブルーと呼ばれる碧海の壮大さを併せて詠みこみ鯨の豪快なジャンプと海の轟きを満喫した。
まさに沖縄でしかみられない貴重な光景である。
猛々しき助走白鳥引きにけり坂﨑茂る子
皆さんは白鳥の水面から飛び立つ瞬間の動作を細かく観察されたことがあるだろうか。
この句は、初冬の頃シベリア方面から渡来した白鳥が翌年の3月ごろに繁殖地に還る様子を詠んだものであるがその助走が猛々しかった、と表現する。その昔私自身白鳥は水面から羽を使ってフワッと飛び立つものと思いこんでいた。しかし実際はなんと、なんと大きな水搔きの足を交互に使いかなりの距離を助走をつけてから飛び発つのを見て大きな衝撃を受けた。
水面をバタバタと駆ける様はまさしく猛々しい、という表現が当てはまる。
冬うらら薄着で過ごす亜熱帯岩山有馬
鹿児島県最南端の与論島在住の岩山有馬さんの名前を知ったのは令和元年に耕人賞特別賞を受賞された時だった。以来掲句にある亜熱帯の地の生活に根差した俳句に注目してきた。冬でも薄着での生活ときくと日本の南北の長さを改めて再認識する。
同時出句の「軽石禍津波禍おそふ島の冬」を読むとうららかだけでは済まない島の現実もまた垣間見えたのである。
野火奔る勢子雑兵の散るごとし衛藤佳也
早春の頃、風のない日を見定めて草原などの枯草に火をつける野焼き、野火は青草の生育を促し害虫の駆除をも兼ねるものである。
中七から下五にかけての火つけ役、あるいは延焼に気を遣う勢子を雑兵に見立てたところに実感がある。赤々と燃え盛る炎を背に黒い影絵のように散る様に危険な臨場感も醸し出されている。
陽を込めて葉牡丹の渦緩びそむ藤山多賀子
葉牡丹というから花の部類かと思ったがキャベツの変種で結球しない鑑賞用の品種ということだ。葉が紫紅色の赤葉牡丹、クリーム色の白葉牡丹、ほかに色の混じったものもあり花のない冬の時期に我々の目を楽しませてくれる重宝な植物だ。
この句は複雑な襞で冬日を取り込み渦を緩めようとする姿を写生しその健気さを十分に出している。
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