「晴耕集・雨読集」1月号 感想 柚口満
極楽の色の尊き秋ゆやけ朝妻力
夕焼けといえば夏の季語であるが春、秋、冬のそれどれの夕焼けがあるのも嬉しいものだ。水蒸気を含む春は桃色を帯び、秋のそれは寂しさ、優しさを秘め、冬は短く儚い。
掲句の作者は秋の夕焼けは極楽の色でその色は尊いと詠む。夏の日盛り,炎天のあとの激しく真っ赤なものはそぐわない、ということだろう。極楽の色と断定したことで引き立った一句である。
波音の朗々として能登小春杉阪大和
昨年10月の棚山波朗前主宰の「能登小春句碑を訪ねる吟行会」の俳句会で好成績を収めた句の一つが掲句である。
感心するのはこのような挨拶句、吟行句における作者の作句のまとめ方、要点を掴む力である。上五から中七にかけては無理をせず波朗さんの名前を使い、下五では能登小春句碑と当日の天気を見事に配している。
波、朗、能登小春を使った無理のない作風はなかなか簡単そうで作れない。8年前の同句碑建立時に兼六園で作った「枝振りも百万石の新松子」の百万石も的を射た作品だったことを覚えている。
栗ごはん焚いて仏と二人かな萩原まさこ
今はそうでもないが昔は秋になると1回は栗ご飯を一家揃って食べたものだ。栗の殻や渋皮をとり酒や塩などで御飯に焚き込んだ季節感あふれる栗ご飯の思い出が懐かしい。
成田千空の句に「長兄は二歳の仏栗ごはん」があるが、掲句は仏と2人と詠む。先に黄泉に立たれたご主人のことかな、と拝察した。ご存命中には2人で山に栗を採りに出かけ夕方には栗ご飯を賞味されたのかもしれない。
淡々と詠まれた一句、胸を打たれる一句である。
迷ひなき高さとなりて鷹渡る酒井多加子
先師の棚山波朗さんから晩秋に南に渡る鷹の話をよく聞かされた。舞台は渥美半島の先端、伊良湖岬。集団の群れが渡るスケールの大きさに圧倒され師は「芥子粒となるまで昇り鷹渡る」をものにした。
掲句も鷹の数百羽の集団が上昇気流を捕えて高く舞いあがってゆく様子を詠んだもの、上五から中七までの確信的な描写が新鮮である。羽ばたきを使わず貪欲に上昇を続け、ここぞという高さまできてやおら水平に進路をとり鷹の群れは一路南を目指す。
水浴びを覚えし雀蛤に清水恵子
鹿島灘大蛤に化す雀田野倉和世
中国の暦による七十二候の一つに「雀蛤となる」がある。寒露の第二候にあたり、人里に雀が少なくなったのは海で蛤になったと考えられたのである。もちろん雀の羽色と蛤の殻の部分の色合いも関係がある。
二十四節季の季語はともかく七十二候の季語の句の解釈は意外と難しい。句を作る時は大きく空想を膨らませ、鑑賞するときは幅を持たせて選評するのは許されてよい、と思うが如何なものか。
恵子さんの雀は夏の内に水浴びを覚えたからすんなり蛤になれたと納得。和世さんは鹿島灘名物の大粒の蛤は実は雀なのだと夢のある仮説を立てて楽しんでいる。皆さんも季語の七十二候に思い切って挑戦してみてはどうですか。
文化の日絵手紙二通友に書く青柳園子
天皇誕生日の「明治節」が改称され11月3日は文化の日となり文化、芸術をすすめる日となった。文化勲章が授与されるのもこの日である。
我々庶民が絵手紙を書いて楽しい絵を友人に送るのも文化の日にふさわしい細やかな行為といえるのでは。
蠟細工のごと煌めきぬ芒の穂梅澤忍
芒の花の集まりである穂は尾花ともいわれる。白色の穂がなびく様は独特の風情を醸し出す。
作者はこの穂を蠟細工のように煌めいている、と写生して句の格を上げている。なるほどあのすべすべとした感触と光沢はその通りで言い得て妙である。
秋蝶の舞ふや先師の生家跡木曾令子
昨年秋の棚山波朗さんの句碑探訪時に作られた一句である。詠まれている生家跡という文字をみて万感胸に迫る思いに捉われた。半世紀以上前に生家に招かれ心温まる歓待を受けていたことがあるからだ。(春耕の波朗氏追悼号に仔細掲載)。作者も漂う秋の蝶に師の面影を重ね合わせたのだ。
八十路診る医師も八十路に暮の秋橋本速子
大病を患った時は大きな病院に入院をしたり治療を受けたりするが普段は近くの町の医者に定期的に診療を受けるのが常である。同じ年頃の先生が「私ももうすぐ80歳、この年になるといろいろと悪い所がでてきます」といわれ妙に納得する。この1年、身体の方もまあまあ順調と安心するお方も多いのでは。
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