今月の秀句 棚山波朗抄出
「耕人集」2018年6月号 (会員作品)

春愁や触るれば脆き砂糖菓子池尾節子

やはらかき光となりて桜散る野村佐喜子

たやすくは抜けぬ地獄の釜の蓋伊藤克子

海峡の吊橋高し鳥帰る渋川浩子

水草のうたかた弾け風光る早川さい子

鑑賞の手引き   蟇目良雨

春愁や触るれば脆き砂糖菓子
 春に誰もが感じるメランコリーを具体的なものによって表現。和三盆などの砂糖だけを型に入れて固めた砂糖菓子は口に入れただけで溶けだすのだが、抓むときも崩れそうになる。「触るれば脆き」はまさにその時の感覚。春愁もこんな時に襲ってくるのだと思わせる佳句。

やはらかき光となりて桜散る
 桜の発する光を日本人は身構えて見てしまう。芭蕉が見たときはどうだとか、蕪村ならどう見たのだろうか思うのは仕方がないことだ。しかし散る段になっては「もう見るべきは見た」とばかりに気を抜いて落花の行方を見守るのではないだろうか。桜も肩肘を張らないで、人間も気を抜いて見ているときに光は自ずから「やわらかき」光になっている。

たやすくは抜けぬ地獄の釜の蓋
 一読して、地獄へ通じる釜の蓋を想像してしまう。実際はキランソウを抜きたいのだけれど中々抜けない実感を一句にしたもの。抜けぬ蓋と読ませる工夫により現実にあるかのように地獄の釜の蓋を読者に意識させることが出来た。虚を実に引き寄せた力量に感服。

海峡の吊橋高し鳥帰る
 海峡に掛かる吊橋を渡っていた時に渡り鳥が北を指して帰っていく光景を目にしたのであろう。高き吊橋の上に立つ恐怖心が、渡り鳥たちが高空を飛んで行くときに感じるであろう恐怖心を思い起こし一句に繋がった。命がけの渡り鳥の行方に思いが馳せた心優しい一句。

水草のうたかた弾け風光る
 春になると万物が光り輝いて見える。風まで光るように見えるのはなぜなのだろうか。水草が盛んに出している泡が弾けるときに風が光るのだと作者は発見した。科学的にはこうではないかも知れぬが作者の目にはそう見えてしまった。詩人の目がそう捉えてしまったものはそう書くより仕方がない。