今月の秀句 棚山波朗抄出
「耕人集」2018年11月号 (会員作品)
帰省子の素直に返事して無口林美沙子
造り滝ためらひもせず落ちにけり鳥羽サチイ
水打つて向う三軒両隣池尾節子
朝顏や始発電車の走る音大林明彥
送火を弟に焚きまた独り井川勉
鑑賞の手引き 蟇目良雨
帰省子の素直に返事して無口
学生や勤め人が夏休みを利用して故郷に帰ることを帰省という。お盆の頃の人の移動も含めて様々な帰省がある中で、実家に帰ってきた子供に「疲れただろうね。家は落着くかね?」と声をかけたら「ああ、くたびれた。家はいいね!」といった切り無口になってしまった。しかし思い出せばこの子はいつも無口だった、これがかつての日常だったのだと安堵するのであった。
造り滝ためらひもせず落ちにけり
動力を頼って水を落とす装置を造り滝という。自然な水の落下ではないので滝水が落ちるときに変化が無い。本物の滝ならば上流の水に変化があればそれに応えて変化を見せるのであるが、造り滝であるために機械的に水を落とすばかりである。作者は水が落ちるときにためらいの表情を見せる滝であってほしいと願っていたのに。
水打つて向う三軒両隣
向う三軒両隣とは懐かしい言葉である。住宅街の中で親しく付き合いができる範囲が向かい側の三軒と手前両隣の二軒の都合五軒というのが言葉の意味である。時代が移ってきて今どき五軒も付き合いのある家はないのでないだろうか。水を打つときは向う三軒両隣に万遍なく打ってあげることが安寧を保つ方法ではある。
朝顏や始発電車の走る音
始発電車といえば午前四時半過ぎには走りだす。そんな早い時間かとも言えるが早寝早起きの老人には遅すぎるくらいかもしれぬ。朝起きて朝顔に水やりなどしていると始発電車は走る音がする。一人の静かな時間が過ぎてゆく至福の時間でもある。
送火を弟に焚きまた独り
この句からご両親はとうの昔に亡くなられていて、最近になって弟さんが鬼籍に入られたと想像できる。送り火を弟さんの霊に焚き来年の再会を約すのだが、弟さんと遊んだ懐かしく濃密な時間が蘇ってくるばかりである。人は生まれてくるときも独り、死んでゆくときも独りである。生きている時間を楽しみましょう。
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