今月の秀句 棚山波朗抄出
「耕人集」2019年1月号 (会員作品)
弘法の水汲みをれば鵙高音林美沙子
初鴨の凱旋のごとにぎにぎし山田えつ子
分校の窓開け放つ紅葉晴秋山淳一
まつ先にあとがきを見る秋灯綱島きよし
那珂川の草をからめて崩れ簗榎本洋美
ヴィオロンの深き調べに秋惜しむうすい明笛
鑑賞の手引き 蟇目良雨
弘法の水汲みをれば鵙高音
日本中を行脚した弘法大師はいたるところに「弘法の井」を掘った。この句の場合、作者が四国の人なので四国八十八遍路寺のひとつの光景か。弘法の井戸に溢れる水を汲んでいると鵙の高音が聞こえてきた。自ずと身の引き締まったことであろう。
初鴨の凱旋のごとにぎにぎし
初鴨が馴染みの湖沼に飛着しておしゃべりをしながら旅の疲れを癒している光景。「凱旋」の語によって古郷に錦を飾った気分を鴨ともども作者も感じたのであろう。数千キロの飛行を終えることは凱旋に値すると誰もが思うのである。
分校の窓開け放つ紅葉晴
この句を「学び舎の窓開け放つ紅葉晴」としたときの違いを考えてみよう。都内の繁華な町にある学校からでも紅葉が美しいところはあるであろうが、その光景に辿り着くまでに時間がかかりそうだ。思い切って「分校」と置くことによって読者はすぐにイメージを抱くことが出来る。虚を少し入れて成功したと思う。
まつ先にあとがきを見る秋灯
本の後書きを真っ先に読むという内容だ。秋灯の下で読書に耽る機会は多いであろうが、著者のスタンスを理解しないで本を読み進めるのは危険なことがある。後書きを真っ先に読むということは羅針盤を整備することでもある。
那珂川の草をからめて崩れ簗
崩れ簗を描いて新鮮な感じがした。草の絡まった崩れ簗であるから、直前の大水などを想像させる。那珂川の固有名詞から魚簗場が特定できそうである。草を絡め、流木を絡めなどして秋は深まってゆくのである。
ヴィオロンの深き調べに秋惜しむ
芸術の秋にヴィオロンを鑑賞するのは贅沢な時間の過ごし方である。ヴィオロンの音は演奏者によって着色されているから聞き分けることがまた楽しみでもある。「深き」調べのなかに分類される奏者の解釈をたのしむ作者の後ろ姿が見えるようだ。
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