今月の秀句 棚山波朗抄出
「耕人集」2020年2月号 (会員作品)

もう一度手をふる吾子や寒の月深沢伊都子
ひとり言多き師走の仕舞風呂小田切祥子
たらひ舟おろおろ戻る冬の雷峯尾雅文
野辺送り高くは飛ばず冬の蝶金子正治
飽かず見る手水の波紋神の留守正田きみ子
錦秋の渓に蔭あり色深く酒井登美子 

鑑賞の手引 蟇目良雨

もう一度手をふる吾子や寒の月
 別れ際に、もう一度手を振りながら去ってゆく子を描いたものだが、寒の月の言葉が重くのしかかってくる。親を思いやる気持ちが伝わってくると鑑賞してもいいし、子を思う親の気持ちがこめられているとしてもいい。何れにしろ親子の情が濃く滲み出るのは寒の月の効果である。

ひとり言多き師走の仕舞風呂
 主婦が最後に家風呂に浸かるときの光景。日々の家事をこなして溜息の一つも吐かなければやっていられまい。主婦の賃金は幾らかはっきり分からぬが、ヘルパーさんを24時間雇うと月に60万円かかるという。これを考えただけでも夫や子供たちは主婦の有難さを噛みしめるべきだ。師走なら尚更。

たらひ舟おろおろ戻る冬の雷
 佐渡の光景か。盥舟で遊んでいると急に冬雷が鳴る。岸に慌てて戻る様がおろおろと見えるのだ。もっとも普段の盥舟もおろおろと進むようにみえるが冬雷に会ってますますおろおろと見えるのはやはり冬雷が影響している。

野辺送り高くは飛ばず冬の蝶
 どなたかの野辺送りに一頭の冬蝶が現れる。高くなく身近なあたりをしきりに飛んでいる様子は故人を偲ぶ作者の気持と一致しただろう。

飽かず見る手水の波紋神の留守
 神社にお参りをした時の光景であろう。時は神の留守の陰暦10月。この神社の神も出雲に行かれたのだろうと考えていると手水鉢に竜吐水が立てる波紋がいつもと違って見える。それをいつまでも飽きないで見ているのであった。

錦秋の渓に蔭あり色深く
 紅葉の錦に彩られた渓谷。美しいのは美しいのだが、どこかに蔭が見え、それが深い色に見えたという句意。美のどこかに蔭を見出す作者の美意識の表れ。