今月の秀句 棚山波朗抄出
「耕人集」2020年9月号 (会員作品)

早苗田に筑波五山の影ゆれる船山励三

雲間より鋭き日矢や半夏生松井春雄

梅雨晴や消毒液を手にプッシュ大前美智子

笑ひヨガまねて笑ひて梅雨ごもり林美沙子

遠嶺よりふんだんの水河鹿笛関谷総子

この国の山河いとしき夏に入る松崎克己

 

鑑賞の手引 蟇目良雨

早苗田に筑波五山の影ゆれる
 奈良時代より藤原宇合や高橋虫麻呂などの歌人が治めた常陸地方は雅を楽しむ地方なのであろう。京五山に真似て筑波五山を設定し早苗田に影が映ることを楽しむ風流の人々が住む地方である。

雲間より鋭き日矢や半夏生
 半夏生は梅雨明の直後をさす七十二候の時節。急変する暑さに人々は身構えたことであろう。そんな不安をさらに煽るように鋭い日矢が差し込んでいる。不安は絶頂に達した筈だ。

梅雨晴や消毒液を手にプッシュ
 リズミカルな句になった。消毒液を手に吹き付けるとは普段は行われない動作だが、コロナ禍では外出の度に消毒液で身を守らなくてはならない。令和初期の社会性俳句の一つになった。

笑ひヨガまねて笑ひて梅雨ごもり
 「笑いヨガ」はヨガの一種。笑いを利用して肺の中の酸素の吸収を高める方法。血中酸素を上げることは健康に良いばかりでなく、脳の活性化も促す。「梅雨ごもり」に昨今のコロナで外出自粛の世相が垣間見られる。

遠嶺よりふんだんの水河鹿笛
 作者の地方は遠い峰々から水流がふんだんに集まっている。清流はどこにでも河鹿が鳴く理想郷である。水源の山々に挨拶をしているようだ。

この国の山河いとしき夏に入る
 ふるさとは母の如く慕わしい。日本は何処に住んでも慕わしい。山河は夏になると生きいきと私たちに活力を与えてくれる。老いゆく人にも力を与えてくれる愛しい存在だ。