今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2021年1月号 (会員作品)

子を思ひ憶良を思ひ栗を剝く伊藤克子

木曾谷の昏れぎは速し吊し柿金子正治

鎌倉は山より秋の来りけり井川勉

霧上る眼下に小樽湾が見え住田うしほ

懇ろに母が稲刈る四隅かな布施協一

大根を腰に一声かけて抜く池田年成

鑑賞の手引 蟇目良雨

子を思ひ憶良を思ひ栗を剝く
 憶良は「貧窮問答歌」の作者。高級地方官でありながら貧しい人々を思い歌に残した。一方作者は栗を剝きながら憶良を思い、かつ、子供を思っている。栗は貴重な食べ物であることを知る年代であるから両者のことが気になったのであろう。子供達よあの飢えに満ちた時代を知らないで幸せだね。憶良も私も知っているのだよ、となろうか。憶良を引用したことで句に深味がでた。

木曾谷の昏れぎは速し吊し柿
 木曾谷はV字型の谷である。日は遅く登り、早く沈む。軒下に吊るされている吊し柿の明るさもみるみる暗くなる夕方。濃い闇にみるみる包まれる街道の宿場町をこの句から充分思い描くことが出来る。

鎌倉は山より秋の来りけり
 三方が山に囲まれた鎌倉。明け暮れに山を意識しないときはない。よく見れば山から秋がやって来ている。単純明快に鎌倉を描いている句だ。

霧上る眼下に小樽湾が見え
 海霧の湧く小樽の町。高台に登れば湾が一望できる。霧のベールが上がると小樽湾が眩しく見える。

懇ろに母が稲刈る四隅かな
 コンバインを使う稲刈りは便利だが四隅は狩り残ってしまう。それを丁寧に手刈り鎌で刈りとる母。稲の一本でも無駄にしない日本の母の姿。

大根を腰に一声かけて抜く
 大根掘りは重労働。中々引っこ抜けない。腰に一声かけて己の筋肉に掛け声をかけるのが無難。