今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2021年6月号 (会員作品)
錨草かろし錨を風まかせ平照子
明日も見む春めく今日と同じ空寒河江靖子
真つ赤なポルシェ止めて花見る女かな桑島三枝子
啓蟄や使ひ慣れたる杖一本江藤孜
春来たる髪カットして紅をひき高井信子
囀や空あをあをと立子墓所平向邦江
人の世に裏と表や利休の忌高瀬栄子
鑑賞の手引 蟇目良雨
錨草かろし錨を風まかせ
錨草は複雑な形をした花で、四つ爪錨に形が似ていることから錨草と言われる。何故こんなに複雑になったのかは神のみぞ知る。その形を詠んでもいいし、周りの景色を詠んでも面白いだろう。作者は花の軽さに着目し、錨なのに軽くて風に揺れていることを面白がっている。そこが生き生きとした句になった理由だ。
明日も見む春めく今日と同じ空
日本海側の地に住んだ人でないと春の訪れの有難さは実感できないと私は思う。掲句は「今日の春めいた空が明日も見えることを切望」した内容になっている。決して晴れわたる空では無いが薄日でも差して春を感じることが出来たのであろう。
真つ赤なポルシェ止めて花見る女かな
若い頃に車に夢中になったことがある。スポーツカーの中でもポルシェは別格で憧れはしたものの高嶺の花で終わってしまった。真っ赤で目立つポルシェに乗って来て花見をしているのが女性であることに作者は驚いているが、私でも驚いたことであろう。作者の若さへの憧れが見える作品でテンポのよさが光る句になった。
啓蟄や使ひ慣れたる杖一本
1年を24四等分して24節気が定められ、春は立春・雨水・啓蟄・春分・清明・穀雨の6つに分類される。啓蟄は「春雷に驚いて地中の虫が地上に現れる」期間とされる。つまり地面が息づくことをさす。作者は使い慣れた杖を大地に突くたびにその気配を察していることになる。1本の使い慣れた杖だからこそ本当の手足のように感じるのだろう。
春来たる髪カットして紅をひき
春の来た喜びを女性の立場から素直に表現した句。「夏来たる」ではどうかと問われれば、「まあまあであるが当たり前のように思えてしまう」と私は答えるだろう。雲丹や蛤が春の季語になっているのは、初めて食べられる喜びがこめられているためであり、夏になって髪をカットするのは当たり前と思うことと一緒だから。掲句、男ならどう作るのだろうか?
春来たる眉整へてタイ変へて 良雨
囀や空あをあをと立子墓所
立子という人物を上手く表現した句。虚子の3女で自由奔放な星野立子を、よく喋る姿を「囀」で、天真爛漫さを「空あをあを」で見事に表現した。天性の自由人である立子の資質を早くから見抜いた虚子は「玉藻」を創刊させてやり女性俳句の世界を拡げることに成功した。
人の世に裏と表や利休の忌
普段から何となく思っていたことを、利休忌にはっきりと感得したのだろう。人の世に裏と表があることは嫌なことだが、そうだと割り切って生きればどうにでもなる。自分の心に裏と表が無ければ世の中の裏と表は的確に識別できる筈。
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