今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2023年10月号 (会員作品)

満天の星得て匂ふ夜干梅小川爾美子

 梅干を作る途中の「三日三晩の土用干し」の場面なのだろう。晴れが続く日を選んで昼も夜も干す。梅干が香り始めた理由を満天の星のお陰だと喜んでいる。お天気任せの作業が上手くいったことの安堵感に満ちた句になった。同時作<三度目の干し物たたむ西日中>で分かる今年の猛暑で美味しい梅干しが完成した。

谺するアルペンホルン山開き小島利子

 山開きには神官や山伏が登場するが、珍しくアルペンホルンが登場した。山に神が住むという日本人の山岳信仰が始まりの山開きだが、この句から上高地の山開きの光景が思い浮かんだ。穂高神社宮司が司るとはいえ鳴り物がアルペンホルンであることが上高地らしい。

晩年の以心伝心メロン切る高村洋子

 育ち盛りの子供が大勢いるとメロンの切り方に気を遣う。それが皆晩年を迎えると、好みや体調などで食べられる分量が共有されて糖尿持ちの長男は一口大に、痩せっぽちの二女は二切れ大になど、言われなくても分かって来るのだ。老夫婦だけの風景でもよく分かる作品。

半夏生サランラップの端絡み大胡芳子

 夏至の日から11日目を七十二候で半夏生(半夏生ず)という。農作業をこの日までに済ませなさい、毒気降るからこの日は野菜を食べてはいけないとか戒めが多い日だ。サランラップを引き出そうとしたところ端が絡んでうまく引き出せない。迷信みたいな半夏生の言い伝えが本物めいてきた一瞬を書き留めた。

ポストへと握る杖まで滲む汗完戸澄子

 今年の暑さを象徴していると思った。郵便受までのわずかな距離を杖を頼りに歩いただけなのに杖を握る手に汗が滲んで来た。本当に暑い夏であった。

搭乗の最終コール雲の峰弾塚直子

 飛行機旅行の空港の一場面を思い出させてくれた。搭乗を促す最終の呼びかけが響く中を進むと機場の空に雲の峰が見える。これからあの中へ飛び発つのかもしれない緊張と興奮。

あの虹の向かうは生家今は無く小林美智子

 どの家族も少子高齢化で悩んでいる日本の縮図がここにある。虹の向うにある生家は家族の拠り所であった筈だ。こんな世の中は早く直すべきだ。政治家に期待する。

〈その他注目した句〉

引く草の色より抜けて青蛙鳥羽サチイ
夕涼み母娘を囲む四合院加藤くるみ
原爆忌「はだしのゲン」は遠くなり関野みち子
甲虫今宵も樹液はしご酒佐藤和子