今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2023年3月号 (会員作品)

突然の富士の姿や米こぼす島村若子
 下五は「よねこぼす」と読む。新年に流す涙のこと。難しい季語を無難に扱った。元日に思いもかけず見えた富士山に感動して涙ぐんだことが一句になった。似たような季語の初泣を用いてもこの感動は伝わらない。勉強の賜物だと思う。
舞ふほどに闇の息づく里神楽弾塚直子
 里神楽を舞えば舞うほど周囲の闇が息づくことを感じて出来た。里神楽に合わせて地霊が共振して闇の中で蠢きだしたのだろう。科学では割り切れないものがあると私たちも心のどこかで思っているから共感できる。同時作〈物語始まるやうに白鳥来〉も繊細な思考が読み取れる。
口漱ぐ山の湧き水羊歯を刈る峯尾雅文
 正月のお飾り用の羊歯を刈りに山に入ったところ美味しそうな湧き水に出会い口を漱いだという内容。刈りに入った山の様子がきちんと描かれている。
雪蛍話しかけたき人の肩源敏
 こういう光景はよくあるが中々一句に出来なかった。気になる人が前にいて声をかけたいと思っていたところ肩のあたりに雪蛍が飛んでいたのでさてどうしようかと思案している図。おおらかな詠いぶりがよい。
初刷の連載小説佳境なる中村宍粟
 昔気質の人間には初刷が待ち遠しい。若い人は新聞を余り読まないようだ。作者にはお気に入りの連載小説があるのだろう。初刷には掲載されないかと不安な気持ちでいたが、届いてみれば掲載されていてしかも佳境の内容であったのでほっとしている元旦の心境だ。
習はしの妻と御慶を交はしけり原精一
 「習はしの」は御慶にかかるのだろう。毎年、妻と交わす御慶を今年も違いなく妻と交わしましたというそれだけの内容だが、何でもない普通のことが出来ることの幸せを作者は強く感じることがあったのだろう。ロシアの不条理なウクライナへの侵攻を見ると普段通りの大切さが身にしみるのではないだろうか。
競り人の勝負どころと大鮪結城光吉
 築地辺りでは予め競りに出す鮪を並べておいて品定めさせた上で競りが始まった。掲句は地方の魚市場の光景だろうか、中々盛り上がらない様子を見て「勝負どころ」と大鮪を競りに出したので市場がどっと湧いたことだろう。

〈その他注目した句〉
冬うらら絵馬は他国語受け入れて飯田畦歩
転ぶ度スケートらしくなる子供守本美智子
天井の龍を鳴かせに初詣小林美智子
大寒の川面に昇る水蒸気石本英彦