今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2023年4月号 (会員作品)

水餅や母者を父として育ち峯尾雅文
 保存のために水に漬けてある餅を取り出す度に母の恩愛を思い出す。父のいない私を、まるで父親のように厳しく育ててくれましたねと。水餅の手触りに母の柔肌を感じての一句と思った。水餅から人生を遡る着想が非凡である。

待春の海蒼しとも昏しとも弾塚直子
 もうすぐ春になりそうだという海を見ての感懐。海の色が蒼く見えるがまだ昏さを湛えていることに自然界の移ろいの不思議さを感じているが同時に作者の心の中も見えそう。

稜線の風車十二基深雪晴齋藤キミ子
 写生の効いた一句。山の稜線に12基の風力発電の風車が回る深雪晴の景色。無機質な物を詩的に変化させた。五七五のリズムも心地好い。送電線は言い尽くされた感があるが風車(ふうしゃ)は暫く出番がありそうだ。

福笑ひ上手に出来てつまらなく飯田畦歩
 目隠しをして、顔の部品を輪郭だけ印刷した紙の上に置いておかしさを楽しむ遊びなので、上手に出来てしまって面白味が無いと思う気持ち。几帳面で正確な作者自身の性格を自省している気もする。子供のころ真面目にやった積りでもおかしく仕上がる福笑いの意外性が懐かしい。

薄氷に柄杓取らるる手水鉢小林美智子
 〈朝顔に釣瓶取られて貰ひ水〉を思い起こさせられたが、掲句のような光景は昔も今もある。手水を使えないもどかしさも分かるし、寒中に寺社に詣でる真摯な気持も写生されていると言える。

大寒波真昼ながらに竹を裂く小島利子
 竹は雪の重みで曲がり折れるときに大きな音を発する。掲句は雪ではなく寒気が竹を裂いたことに驚いた。真昼ながら、今日の寒波の厳しさを思い知った。

初句会庵主にこにこもてなされ平石敦子
 庵主はいろいろに解釈されるがここでは尼寺の庵主が似つかわしいか。句会に座を提供してくれた庵主が笑顔でもてなしてくれるのも初句会のおかげ。庵主もさぞ良い句を授かったのだろう。

〈その他注目した句〉
初凧や阿騎野の空を奔放に日浦景子
 阿騎野の地名がロマンを誘う。

寒ごやし撒きをへ背伸び青空へ廣仲香代子
 寒中の安堵感。

子の嫁の富士の額に御慶述ぶ高橋栄
  嫁の富士額が可愛らしい。

納税の礼は津軽の冬りんご河田美好
 ふるさと納税を一句に仕立てた。