今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2024年3月号 (会員作品)

雑踏に絨緞売の眼が光る弾塚直子 
 移動販売車で絨毯を売っている光景だろう。絨毯売の眼が異様に光って見えるとしたらアラブ系の男の眼と思われる。眼が光らなかったら単なる写生句になる。同時作〈目が合ひし二番ホームの雪女〉も、屋根のない2番ホームに降る雪の中に立っている雪女と目が合うという意外性のある句になった。眼を観察する作者と思った。

隧道を抜け切る夜汽車年流る小島利子 
 夜汽車に自身を置き換えた作として鑑賞すると面白い。トンネルを無事抜けきった先に新年があると安堵している様子が理解できる。

力こもりし産声ぞ世継榾齊藤俊夫 
 一家に新しい命が誕生したことを自祝している作品。力強い産声が世を継いでくれる期待だ。世継榾の季語が上手く使われている。

火宅とはならず極月菜を刻む関野みち子 
 思い返せばどの家庭にも火宅になる危機が1度や2度はあるだろう。火宅になることを防ぎ切った慌ただしい年の瀬に菜を刻んで心の平穏を取り戻していると鑑賞した。

忘れ去ることも幸せ冬うらら春木征子
 惚けてゆくこともある意味幸せだと思う。掲句は自らの意思で忘れ去ることを選び、それで幸せを感じている。厭な思い出だったのだろう。心が軽くなったようだ。

折鶴の指もどかしや雪催河内正孝
 雪催という摑みどころのない季語に挑戦して成功した句だ。折鶴がいつものようにうまく折れないことをもどかしく思っていると雪の降る空模様になっていたことに気が付いた作者。

冬霧に朝の光が拡散す瀬崎こまち
 「拡散」という無機質な言葉がうまく生かされていると感心。朝日を逆光にしたとき浮かぶ冬霧の景色が目に浮かぶ。

スクラムを風の吹き抜け冬来る岩﨑のぞみ
 ラグビーのスクラムの隙間を北風が吹き抜けて行く光景。作者の土地は空っ風の名所。はやくも吹く風に冬の訪れを感じた。

参道に並ぶ露店の暦売安奈朝
 暦は嘗て生活に欠かせない標であったと思う。運勢などによりその日にやるべきことを教えてくれるのだから。それが今や、露天の一角に寂しく売られている時代の変化を見せつけられるようだ。

師の句碑の安否気遣ふ年始大塚紀美雄
 棚山波朗前主宰の能登小春の句碑が先の能登半島地震でどうなったか気遣っている。無事であったことをご報告する。