今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2021年3月号 (会員作品)

うすうすと湯気もみどりや懸菜煮る鳥羽サチイ

冬天の余白へ少年倒立す金子正治

もう汲まぬ釣瓶そのまま木守柿峯尾雅文

日曜日蒲団を剝ぎに子が襲来松井春雄

風花や大三角の下に栖む清水和徳

数へ日の一日はわがために使ふ高瀬栄子

鑑賞の手引 蟇目良雨

うすうすと湯気もみどりや懸菜煮る
 冬季に用いる保存野菜のために大根や蕪の葉を干したものを懸菜と言う。ちりちりに乾いているのだが、水に戻して煮れば緑の色が戻り、その湯気さえも緑色に見えてくると作者は褒めたたえる。古人の知恵の賜物である。中国の杭州地方には黒野菜というのがあり、真っ黒になるまで乾燥させる。戻して使う料理は大変美味。

冬天の余白へ少年倒立す
 空の余白を目がけて逆立ちをする少年。冬の寒い時期に逆立ちをすることだけでも小説めいてくるが、冬空の余白を目がけて逆立ちをするとなると読者はあれこれ想像したくなる。「余白」の語が非常に効いている。作者の少年時代の思い出か?

もう汲まぬ釣瓶そのまま木守柿
 使われなくなった釣瓶井戸のある光景だけで色々な場面が浮かんでくる。廃屋を守るように木守柿がある。静かな光景である。

日曜日蒲団を剝ぎに子が襲来
 疲れたサラリーマンのお父さんの日曜日。まだまだ蒲団に潜り込んでいたいのだが子供たち許さない。「お父さんどこか行こうよ!」と蒲団を剥ぎに来た、幸せにあふれた一市民の姿を描いている。

風花や大三角の下に栖む
 冬の大三角形の星を見上げていたら風花が舞ってきたと言う句。単純化して潔く、はっきりと光景を浮かび上がらせる佳句。星座を知っている人はそれだけで幸せである。

数へ日の一日はわがために使ふ
 貴重な数え日をほとんどは家族のために使ってしまったが、一日は私のために使うと決めたものは何。それは読者の想像に任せられている。