「耕人集」 8月号 感想 高井美智子
夕立のあとに飛びだす鳩時計青木典子
思わず微笑んでしまう句である。鳩時計の発祥はドイツで、1640年頃に冬場の農民の収入源として「カッコウ時計」として作られたのが始まりだそうだ。
鳩時計は木製でアンテイーク調に作られており、鳩は決まった時刻に窓から飛び出す。
夕立のあまりの激しさに、決まった時刻になっても鳩は飛び出すのを躊躇したようである。夕立が去ったのを見計らい窓から飛び出してきた。子ども達に慕われている鳩時計だからこそ、鳩を擬人化する手法で童話の世界に引き込まれるかのような一句が生み出された。
小流れに休むを知らぬあめんぼう原精一
あめんぼうは池などの安定した水面で自在に泳いでいるが、緩やかな小流れのあめんぼうの動きに注目した珍しい捉え方であり、作者独自の観察力が発揮された一物仕立ての句である。
あめんぼうは群れから離れまいと流れを遡り、休む間もなく泳いでいる。小流れでは安定した表面張力を利用することもできず、かなりの技術を要するだろう。澄みきった小流れの水底にあめんぼうの影が鮮明に映っていたことだろう。
裏木戸の甕に棲みつく蟇神部有可里
蟇はまるで家の主であるかのようにお気に入りの場所に棲みつく。作者は裏木戸の薄暗い甕の下から這い出してきた蟇と今年もまた挨拶を交わしたようだ。
昭和の頃の藁屋では、賑やかな大家族の暮らす居間の真下の床に蟇が棲みついていることがあり、子ども達は恐る恐るそれを覗き込んでいたものである。
甲斐が嶺の雄姿を映す植田かな渡辺牧士
甲斐の国には大菩薩嶺、南アルプス、富士山や三ッ峠、八ヶ岳などの名山がある。
甲斐の植田は、谷沿いの土地を上手く利用している。この植田に映っている山々の嶺を「雄姿」という措辞を用いて表わし成功している。上五の「甲斐が嶺の」の表現により、どの山なのだろうかと想像を膨らます効果をもたらしている。甲斐が嶺を遮るもののない植田の景が髣髴としてくるスケールの大きな句となった。
書き散らす反古の墨の香走り梅雨桑島三枝子
和室の部屋で一心に書と向き合っている。展覧会も間近に迫っているが、何度書いても得心がいかない。気を取り直して、又書いてみる。とうとう和室は書き散らされた反古でいっぱいになっていた。下五の「走り梅雨」の季語が、梅雨の重苦しさを感じさせず、墨の香りが部屋中に広がっている清々しさの残る句に仕上がった。
遠足やしんがりの子の大欠伸古屋美智子
普通なら見過ごしてしまいそうな遠足の列のしんがりの大欠伸の子を発見し、一句に纏めたことに賞賛を送りたい。楽しくて生き生きとしているはずの遠足なのに大欠伸をしている子。昨夜は遠足に興奮し、なかなか寝付けなかったようだ。誰しもが経験したことで作者も優しく見守っているようだ。
芍薬の花の重さを計りかね髙梨秀子
芍薬の茎は牡丹ほど丈夫ではなく、満開になると一輪の重さに少し撓う。ついつい手を差し伸べてどれほどの重さなのかと計りたくなるが、余りの美しさに触れることさえ許されないような感覚になる。この微妙な心の動きを下五で「計りかね」と詠い上げたことが見事である。
崩れ崖伝ふ雫や著莪の花居相みな子
異常気象による日々の災害のニュースは凄まじいものがある。この崖は豪雨で崩れたのであろうか。かっては崖全面に群れ咲いていた著莪の花であるが、大方は土砂に呑み込まれてしまった。その崩れた崖に著莪の花はめげずに咲いていた。著莪の花の強さに心打たれた作者である。
末つ子は御下がりばかり鳳仙花川崎知也
御下がりばかり着せられている末っ子は、時にはこの状況を素直に受け入れることができない。やんちゃな末っ子もすねてみたくなる。
こんな時、ふと目に止まった鳳仙花。鳳仙花の種の莢にそっと触れてみるといきなりくるりと種が弾けた。その弾け方が面白くつぎつぎと莢に触れてみた。いつの間にか、蟠りは鳳仙花の種のように弾け飛んでいた。省略の利いた表現が鳳仙花の季語により、様々な物語へと広がっていくようだ。
桐の花一つそびえる街外れ山田月呑
桐の花が満開になるとその存在感があらわとなる。街外れに高くそびえたち、薄紫の花が遠目にも際立って見える。まるで街を見守っているかのようである。
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