「晴耕集・雨読集」 1月号 感想 柚口満
盤景に波の綾なす良夜かな杉阪大和
耕しの永久へと続く音確か倉林美保
和楽もて耕しきたる裾野かな沖山志朴
春耕の1月号は創刊55周年記念号を兼ねて出版され総ページ238ページに及ぶものとなり俳句界の著名な俳人の方々からも心の籠ったお祝いの言葉を頂いた。なかでもその中に俳誌「春耕」へのお祝い句が寄せられていてその含蓄のある句づくりに大きな感銘を受けた。皆様ももう一度その句を再読されその励ましに感謝をしていただきたい。
さて1月号には数多くの会員のお祝い句も掲載されたが掲句3句もその中のものである。
大和さんの句は三代の主宰の名前の一部を入れながら結社の安寧を願った内容である。初代の盤水氏が築いた確固たる盤景に波朗名誉主宰の波が美しく綾なしそこに新主宰の良雨が投げかけた月が一面を照らす良夜となる、との意であろう。
美保さんは春耕に始まる耕しという一年間の行為が永遠に続く、と詠み結社「春耕」の前途に希望を託している。
志朴さんは結社のモットーのひとつ、和楽の精神が55年に亘り守られてきた実績が結社の裾野を固めた、と表現し将来への飛躍を期待する。
棚山名誉主宰は自著『俳句はいつも新しい』の中で慶句の作り方について「おめでたいのですから、それにふさわしい句でなければなりません。そうかといって歯の浮くようなお世辞や過剰な誉め言葉はよくありません。虚子がいうように季語との結びつきが大切で、季語を効果的に使うよう工夫が必要です」と述べている。参考にしたいと思う。
すがれゆく音まとひけり破蓮児玉真知子
すがれる、というのは盛りが過ぎて衰えることをいう。特に草や木の葉先や梢が枯れ始めることを指す。この句は蓮の葉に焦点が当たっていてその葉が独特な音を纏いながら枯れてゆく様に哀れを感じている。
初夏の蓮は新しい葉をどんどん育て、見る見る間に大きな葉を育てていたのに深まる秋のもと、今では無残なこの破れようはどうであろうか、と作者は嘆く。葉にまといつく滅びの風の音に聡く反応した一句。
小屋裏に酒瓶転ぶ下り簗中島八起
簗番小屋の生活が偲ばれる俳句である。初夏になると川の流れの一部を堰き止めその一科所を開けて竹の簀を張り魚を受け捕る仕掛けが簗である。
人里離れた川の簗には簗番が泊まり込む小屋が設けられ夜ともなれば所在なさから酒盛りが始まるのだろう。作者は小屋の裏に転がる酒瓶を眺めながら単調な簗番の生活に思いを馳せたのだ。皆川盤水先生の句に「簗番が高嶺の星を褒めあへる」がある。
出稼ぎの下着詰むるも雁のころ小野寺清人
しんみりとした忬情を含んだ一句である。作者は気仙沼出身の俳人であるが、いつも感じるのは氏の俳句には海の漁師や身近な人たちの生活を詠んだものが多くその郷土愛に富んだ説得力のある佳句に期待する。
掲句も秋から冬にかけて数か月の出稼ぎに出かける人の準備の様子を具体的に「下着を詰める」というフレーズに納め成功している。単身で出立する人への励ましの視線である。季語の雁がきて帰るまでの出稼ぎ、季語の斡旋も揺るぎない。
旧姓で呼び合ふ郷の秋彼岸大細正子
我々高齢の域に入ったものにとってはこの句の意味合いは手にとるように判るのではないか。故郷がある身にとっては、産土の墓参りする機会も年をとるに従い段々疎遠になってくる。
久々の秋彼岸への帰郷、菩提寺で友達と再会を果たした場面を描いたのがこの句で思わず出た言葉はお互いの旧姓の名前だったという。秋彼岸のお参りは2人にとって疎遠の空白を埋めるいい機会となった。
葉脈を裂き破れ初むる芭蕉かな我部敬子
夏の青芭蕉、秋の破芭蕉、冬の枯芭蕉というふうに芭蕉の葉は四季の変遷を辿ってゆく。この句はその破れ始める芭蕉の葉の写生が効いた一句である。縦に走る葉脈に沿って破れ始めるともうそこからは一気にぼろぼろに枯れてゆく芭蕉。上五から中七の写生が哀れを誘う。ちなみに俳聖芭蕉はこの姿に自分を重ね俳号に用いたとも言われる。
折らぬやう自然薯掘りの正念場坂口富康
自然薯掘りの名人が各地にいるらしい。最近は畑で栽培して安易に掘れるものもあるというが、天然の自然薯ともなると7年ものというお宝もあるそうだ。あの長い芋を頭から先まで折らないで掘る正念場を迎え見守る人達もついつい力が入る。
懸崖菊の大滝小滝香を放つ清水伊代乃
菊花展の中でも懸崖菊のコーナーはひと際人気があるようだ。懸崖菊は菊の盆栽仕立てのひとつで小菊を上から下へと雪崩れるように咲かせたものである。掲句は大小の鉢を見ながら大滝小滝と見立てたのがお手柄でいい香りまでもが伝わってくる。
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