今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2022年3月号 (会員作品)

初詣老人なりに秘策あり小田切祥子

 新年早々くすりと笑える句。「老人なりの秘策」とは何だろうかとあれこれ考えてみる。行列をしないで済むように旧知の大黒さんに頼んで裏口から入ってみるとか考えるが、作者の秘策には追い付けないようだ。たまにはこういう俳句も人生を楽しくさせてくれる。

あまびゑの残像消えぬ去年今年大塚紀美雄
 コロナ禍の世がまだまだ続く。丸二年も続きっぱなしだと流石に世の中も変容してしまう。人と交わることが規制されて初めて人の有難さが分かる。人に会えなくて思い出すのは「あまびゑ」の残像ばかりであるということか。

臘梅やうす紙のごと朝の月小川爾美子
 臘梅の花びらのことを言っているのではなく、臘梅が咲く頃の季節感を詠っている。天高くかかる朝の月を見上げるとうす紙のようにはかない光を放っている。「うす紙」のもつイメージから春寒料峭のうすら寒さを一層感じて一句がなったのだろう。

熱燗や酒豪の夫の忌を修す平照子
 酒豪の人は特別なDNAを持っている。アセトアルデヒドを分解する強い酵素を先天的に持っているのだ。
 酒は人生を楽しくもしてくれる。共に飲んで過ごした日々を振り返りつつ夫の忌日に熱燗を供え、自らも口に含んでかけがえのない時間を顧みる。

あはうみを渡る晩鐘小夜千鳥峯尾雅文

 近江八景の一つ三井の晩鐘をすぐ思い起こすが、それ以外にも晩鐘を楽しむところはあるだろう。湖北にも対岸の晩鐘が聞えるところがありそうだ。戦乱に翻弄された近江の国の鎮魂の晩鐘が小夜千鳥まで聞こえてくる。一幅の絵になっている。

寒波来るラジオ放送深夜便髙梨秀子

 同じ室温にエアコンを設定していても急に寒く感じる時がある。外気温が下がった時だ。作者はラジオ深夜便を聞いていて急に寒さを感じたので確認すると果たして寒波が到着したことを知る。

来し方の悲喜こもごもや除夜の鐘赤嶺永太

 上五中七がやや常套的な表現ながら、作者が沖縄の人と知れば、その感懐は理解できる。悲しみの方が多いだろうが、その中に喜びを見出すウチナンチューのしたたかさが救いと私には思える。

(鑑賞してみたい他の句)

山の神祀るまたぎの大囲炉裡佐藤文子

雁渡る空に薄ら昼の月安奈朝