今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2024年1月号 (会員作品)

社員証首から下げてべつたら市弾塚直子
 べったら市は10月19日、20日に日本橋宝田恵比寿神社周辺で開かれる。神社のお祭も兼ねているのでオフィス街の狭い道の両側の出店の間を神輿が通ったりする。街は通常通り営業しているので社員証を提げた勤務中の社員が見物しているところを描いた1句。都心の週日の祭らしさが出ている。

信玄の隠れ湯と云ふ猿茸小島利子
 武田信玄にゆかりのある温泉は各地にあるらしい。ここが信玄隠れ湯だと言われて、湯を囲む木々に猿茸があるのを発見した。いかにも鄙びた感じがして納得したのではないだろうか。

新米の炊き込み飯を供へけり野尻千絵
 新米を焚いて仏に供えたと言うことはよく目にする。炊き込みご飯を供えたとは珍しいことではないが、亡くなった仏が好きな炊き込みご飯をあれこれ想像して人物像に親近感を覚えた。小さなことが大きな効果を生んだ例。

うみ柿の舌に崩るる甘さかな斉藤文々
 「うみ柿」は熟れ柿のこと。「うむ」には倦む、生む、有無、膿む、績む、埋む、熟むなどの意味があり興味深い。熟れ柿と表記するとああそうですかで終わってしまうが、うみ柿と表記したことで読者に考えて楽しむ時間を与えたことになる。1字の重さを知る句。

押入れに昨日を詰めて冬仕度完戸澄子
 年用意の時に押入れに不要なものを詰めこんだのだろう。暫く使わないものを昨日と表現して詩が生まれた。昨日という曖昧な物ながらしっかりとした存在感がある。

雀どちをどりを忘れ蛤に岡本利惠子
 雀が蛤になるとは、寒くなってきて雀が減ったように見えるのは、蛤になって海へ隠れたからだと昔中国の人が考えたことに拠る。おどりを忘れて元気をなくした雀たちが蛤になったものもいると作者は観察した。

忍野八海そこはもう置炬燵田中明美
 文法に厳しい人から叱られそうだが、詩的表現を買ってあげたい。忍野八海を訪れたらもうそこは置炬燵がないと過ごせない寒さだったということが伝わってくる。字面からも八つの海から寒さが伝わってくる。

鳥渡るモーゼの如く空割つて関野みち子
 モーゼは海を割って進んだのだが、渡り鳥たちは空を割ってやって来たと見た観察は重く響く。先頭の鳥が首で胸で空を割って必死に進んでいる光景がはっきり見えて来る。

冬耕や余り大根の種を蒔く桑島三枝子
 冬耕らしい句ではないだろうか。冬の間なので大掛かりに作物を育てるというより手遊びに畑いじりをする家庭の光景と考えれば余った大根の種を蒔いて何かの足しにする様子が窺われる。

自転車の波乗りのごと稲田行く岩﨑のぞみ
 稲穂波の上を進んでいるように見える自転車が波乗りをしているように見えた。

竹伐りて自由自在に日の遊ぶ横山澄子
 竹を切って間引きされた竹林の中に日差しが自由に動き回っている光景。