古典に学ぶ (84)源氏物語2020年7月号
2020年7月1日 古典に学ぶ
帝と桐壺更衣の今生の別れの場面のまなざし① 愛の証である源氏誕生から3歳の春、その袴着が終わった途端、『源氏物語』は早急に桐壺更衣の死を描き出す。その場面は、何度読んでも緊迫した状況と二人の愛情の吐露が見事に融和し、紫式部の稀有な才能を思い知らされる。
はいかい漫遊漫歩(138)(139)2020年7月号
2020年7月1日 はいかい漫遊漫歩
うちの子でない子がいてる昼寝覚め 米朝(俳号八十八) この句は、落語界ではただ一人、文化勲章受章者の桂米朝さんが平成17年7月の東京やなぎ句会で詠んだものである。俳号の八十八(やそはち)は、言うまでもなく米朝の上一字を分解したもの。平成27年で46年の句会歴を誇る東京やなぎ句会の創設以来の唯一の関西同人だったが、90歳を目前に同年3月、亡くなった。 交(さか)る蜥蜴くるりくるりと音もなし 加藤楸邨 夏の季語の蜥蜴を詠んだ句は数多い。だが、今日では滅多に“その ”現場に居合わせ、目撃するチャンスのない「貴重な出逢い」に遭遇した幸運な(?)写生句が掲題句だ。 われわれが目にするニホントカゲ(トカゲ亜目トカゲ属)の交尾期は4月から5月で、繁殖齢(生後2~3年)の蜥蜴の雄、雌が出逢うと互いに頭部を愛咬し、合意となると楸邨句の描写のようにユーモラスな交尾が始まる。
韓の俳諧(17)2020年7月号
2020年7月1日 韓の俳諧
韓の俳人が多数投句していた『俳諧鴨東新誌』は、市川一男によれば内容が貧弱で、懸賞俳句や聴秋の自己宣伝などを載せた粗末な冊子であるとされ、三森幹雄が『俳諧矯風雑誌』を創刊し、俳壇の体質を矯正しようとしたと論じている。京都の新興宗匠の上田聴秋と『俳諧鴨東新誌』を討ち果たすために、『俳諧矯風雑誌』という刺客を差し向けたような市川の論調だ。しかし、『俳諧矯風雑誌』は3年で廃刊となり、『俳諧鴨東新誌』は刺客をものともしなかった。
自由時間 (84) 2020年6月号
2020年6月1日 自由時間
古今和歌集は60代醍醐天皇(在位:897~930)の詔により撰ばれた最初の勅撰和歌集である。古今集には、仮名で書かれた〈仮名序〉と漢文で書かれた〈真名序〉の二つの序文がある。仮名序を書いたのは紀貫之である。花に鳴く鶯や水に棲む蛙の声を聞けば、生きとし生けるもの、すべて歌を詠むと言える。力を入れずに天地を動かし、目に見えぬ鬼・神をも感じさせ、男女の仲をも和らげ、猛々しい武士の心をも慰めるのは、和歌である。
曾良を尋ねて(130) 2020年6月号
2020年6月1日 曾良を尋ねて
曾良がなぜ岩波庄左衛門正字として巡検使となりえたかは六代将軍家宣が出した「大赦令」によって松平忠輝の遺子であるとされる身分が復活され、このような公儀の官職に登用されたと考えられる。「大赦令」以前は本人には何の罪もないが先祖、藩主が罪人の汚名を着せられたなら生涯日陰の身分のままで過ごさねばならなかった。正に曾良や赤穂浪士の遺子たちがそうであったように。





