韓の俳諧(7)2019年9月号
2019年9月1日 韓の俳諧
江戸まで来た朝鮮通信使の他に、多数の朝鮮渡海訳官使が江戸時代に対馬までやって来ていた。近年、朝鮮渡海訳官使の研究が進み、歴史の書き直しが必要とされる。対馬だけでなく、香川県観音寺市の興昌寺でも、訳官使朴徳源の詠んだ俳句と和歌の貼りつけられたはりまぜ屏風が発見された。
「俳句文法」入門 (7) 2019年9月号
2019年9月1日 俳句文法
上一段活用はイ段音に活用し、干る・射る・着る・似る・見る・居(ゐ)る等がある。下一段活用はエ段音に活用するが、古典文法では、「蹴る」の一語のみ。〈け・け・ける・ける・けれ・けよ〉と活用する。
曾良を尋ねて(120) 2019年8月号
2019年8月1日 曾良を尋ねて
素龍本の原本のとも言われる野坡本の公刊のきっかけは阪神大震災であった。貴重な文化遺産を守らなければいけないという配慮から、複製-交刊に踏み切ったと言われている。これは当然芭蕉の当時のものではなく後年の改装によるものであるが芭蕉学の発展へとつながるものであることは言わずもがなである。
自由時間 (74) 2019年8月号
2019年8月1日 自由時間
ハンセン病は、らい菌が主に皮膚と神経を侵す慢性の感染症である。らい菌が発見されたのは、1873年のことである。発見したのはノルウェーの医師アルマウェル・ハンセン。病名は彼の名に由来する。2001年の患者・元患者の損害補償に続き、7月に家族の損害補償の勝訴が確定した。ハンセン病の俳人村越化石は優れた句を残した。
古典に学ぶ (73)万葉集の魅力 (1)2019年8月号
2019年8月1日 古典に学ぶ
この冒頭近くの「初春の令月にして、気淑く風和ぐ」が「令和」出典となったものだが、「令月」は佳き月。ここは正月を褒めていったもので、中国の詩文集『文選(もんぜん)』、王羲之(おうぎし)の『蘭亭集』序にも同じような表現がある。そして、これに続く叙述こそ、この「梅花の宴三十二首」を理解するのに注目すべきである。
はいかい漫遊漫歩(116)(117)2019年8月号
2019年8月1日 はいかい漫遊漫歩
荻原井泉水の主宰俳誌『層雲』に拠り、自由律俳人として名を残した種田山頭火と尾崎放哉。師をともにする2人が生前直接会うことはなかった。山頭火は、太平洋戦争へと繋がる国内の不穏の情況を行乞の眼で詠んだ句が一代句集『草木塔』に遺されている。同句集の搭載句数は701句。大正14年から死の1年前まで15年間に詠んだ約9千句から自選した中に「銃後」のタイトルで戦争句25句が収められている。 薩摩藩の琉球侵攻、明治政府の琉球処分の流れは、大戦末期に沖縄を悲惨な地上戦の戦場にし、いまなお日本の米軍基地の74%を押し付けている現実。俳句の世界にも沖縄差別があっていいのかと目を向けたら、沖縄の俳人たちが1979年の小熊一人編『沖縄俳句歳時記』(琉球新報社刊)を皮切りに沖縄俳句研究会編・発行『沖縄俳句歳時記』、瀬底月城・沖縄県俳句協会編『沖縄・奄美・南島俳句歳時記』の復刻版が出て、2017年5月には沖縄県現代俳句協会編『沖縄歳時記』(文学の森刊)が刊行されたことを知った。
韓の俳諧(6)2019年8月号
2019年8月1日 韓の俳諧
韓の俳諧 (6)─ 朝鮮国 通事の俳句(中) ─ 朝鮮国通事 朴徳源の句が残っている。鬼貫の句と似ていることが指摘されていたが、時代的に鬼貫より先に作られた句との説がある。