はいかい万華鏡 (2) 2024年6月号
2024年6月1日 はいかい万華鏡
今年度芥川賞受賞作品九段理江著『東京都同情塔』の物語はザハ・ハディド案の国立競技場に隣接する新宿御苑に70階を超える超高層施設を建てて東京都民の中で同情に値する人々を無料で住まわせる計画に携わる女性建築家の話だ。
はいかい万華鏡 (1) 2024年5月号
2024年5月1日 はいかい万華鏡
父は新聞記者として忙しく、母が子の面倒を見たが教師上がりの性格だろうか、私が学校で特別扱いされることを嫌い、運動会の徒競走にも普通に走らされた。結果は想像出来るように先頭の子から何十メートルも遅れてゴールをするのだが、この時の悔しい「何くそ‼」という気持ちが私を育てたに違いない。
古典に学ぶ (130)源氏物語2024年5月号
2024年5月1日 古典に学ぶ
「病」と「死」を物語はどう描いたか⑭ 藤壺の宮② 『源氏物語』の根底にひそむあるまじき罪の犯しという大きなテーマを語る源氏と藤壺の密会の場面は、和歌の贈答歌を含み、その詳細は省き、ただ二人の対応する心情が重く、凝縮した文体で語られるように思われる。
韓の俳諧(63)2024年5月号
2024年5月1日 韓の俳諧
臼田亞浪は1928年5月4日朝に、連絡船で釜山へ上陸しました。同行したのは西村公鳳, と庄司鶴仙。12時に大邱そして夕方 7時40分に京城駅に着き京城日報の歓迎の出迎えを受けた。臼田亞浪は洛東江畔にて「カチ鴉」の句を詠んだ、韓国では鵲として親しまれている。
はいかい漫遊漫歩(228)(229)2024年4月号
2024年4月1日 はいかい漫遊漫歩
俳人・永田耕衣の最晩年について、宗田安正著『最後の一句――晩年の句より読み解く作家論』(本阿弥書店刊)から簡潔、要を得た報道記事的な名文を引く。 〈 平成7年(1995)1月17日午前5時46分、阪神・淡路大震災。神戸市須磨の永田耕衣上田荷軒は倒壊。耕衣が2階のトイレに入った直後だった。その狭い空間が幸いして奇蹟的に無事。閉じこめられ、傍らにあった湯こぼしの銅器で手洗い台を叩き、救いを求めた。そのうち調子が出てきて音にリズムまでつけていたという。気づいた近所の青年がトイレの窓から救出。階下の家人は重傷。耕衣自身は、2年半後の命終まで、終の栖になった大阪府寝屋川市の特別養護老人ホームに移った。〉このとき耕衣95歳。





